大判例

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大阪地方裁判所 昭和51年(ワ)4187号 判決

原告

堀内達三

原告

宮路忠

原告

森川松太郎

原告

森川ヤスエ

右四名訴訟代理人

浅野博史

上野勝

浦功

折田泰宏

古家野泰也

高野嘉雄

中北龍太郎

石川寛俊

被告

植田文次

右訴訟代理人

瀬戸精二

豊蔵亮

右訴訟復代理人

清田冨士夫

益満清輝

被告

右代表者法務大臣

坂田道太

右訴訟代理人

井上隆晴

右指定代理人

高須要子

外一四名

主文

一  被告植田は、別紙認容額表原告名欄記載の原告に対し、同表合計欄記載の金員及び同表慰藉料欄記載の金員に対する昭和五一年九月三日から完済に至るまで年五分の割合の金員を支払え。

二  被告国は同表原告名欄記載の原告(原告森川松太郎を除く)に対し、同表合計欄記載の金員及び同表慰藉料欄記載の金員に対する昭和五一年九月四日から完済に至るまで年五分の割合の金員を支払え。

三  原告森川松太郎の、被告国に対する請求、被告植田に対するその余の請求、その余の原告らの被告両名に対するその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は左のとおりの負担とする。

1  原告堀内と被告植田との間に生じた分は三分し、その二を原告堀内、その余を被告植田の負担とし、原告堀内と被告国との間に生じた分は四〇分し、その三九を原告堀内、その余を被告国の負担とする。

2  原告宮路と被告植田との間に生じた分は二分し、その一を原告宮路、その余を被告植田の負担とし、原告宮路と被告国との間に生じた分は二〇分し、その一九を原告宮路、その余を被告国の負担とする。

3  原告森川松太郎と被告植田との間に生じた分は四分し、その三を原告森川松太郎、その余を被告植田の負担とし、原告森川松太郎と被告国との間に生じた分は原告森川松太郎の負担とする。

4  原告森川ヤスエと被告植田との間に生じた分は、五分し、その四を原告森川ヤスエ、その余を被告植田の負担とし、原告森川ヤスエと被告国との間に生じた分は六〇分し、その五九を原告森川ヤスエ、その余を被告国の負担とする。

五  この判決は被告植田につき原告ら勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告らに対し、各金三、三〇〇万円と各内金三、〇〇〇万円に対する、被告植田文次につき昭和五一年九月三日、被告国につき同月四日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求はいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  被告国は右のほか

仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 被告植田文次(以下「被告植田」という。)は、古くから昭和四九年一〇月二八日まで、大東市浜町一番四号所在の製錬所(以下「本件事業所」という。尚、本件事業所を被告植田の別名として表示することもある。)において、マンガン鉱の製錬を行っていたものである。

(二) 被告国は、労働者の福祉を図るため、労働大臣をして労働者の安全及び衛生の確保等の労働基準監督行政を担当させている。

(三) 原告らは、別紙症状等一覧表(以下別表ともいう)記載の日に、被告植田に雇用され、本件事業所においてマンガン鉱の製錬業務に従事していた。

2  本件事業所について

(一) 本件事業所川の業務は、マンガンの原鉱石を粉砕して粉末にして製品化するものである。

(二) マンガン鉱の製錬工程は、おおむね、原鉱石搬入、検査、貯蔵、乾燥(天日・火力、加熱)、粗砕、篩選鉱、比重選鉱、微粉砕(ボールミル、フレットミル)、秤量袋詰及び出荷である。

(三) 製錬設備の設置状況

()内は一日当りのおよその製錬量で単位はトンである。

(1) 終戦後から昭和二四年ころまで

胴突(0.2)、東フレットミル(二)及び西フレットミル(四)のみであつた。

(2)昭和二八年ころ

東ボールミルが新設され、胴突が廃止された。

(3) 昭和二九年ころ

クラッシャーが新設され、火力乾燥の方法が天日自然乾燥に加えて導入された。

(4) 昭和三七年ころ

ボールミルにサイクロンが付設された。

(5) 昭和三八年ころ

ロータリーキルン、フォークリフト、ベルトコンベアが新設され、東西フレットミルに替え大型のフレットミル(七ないし一二)が新設された。

(6) 昭和四二年ころ

クラッシャーの設備更新が行われ、その能力は約三倍になつた。

(7) 昭和四三年ころ

小フレットミルが新設された。

(四) 作業時間

(1) 終戦後から昭和二四年ころまで

製錬量は少なく、粉砕機械の稼働は毎日行われていたわけではなかつた。

(2) 昭和二五年ころ以降

朝鮮戦争による特需景気により、粉砕機械は毎日稼働するようになつた。

(3) 昭和二八年以降

東ボールミルの設置により製錬量が増大し、残業、休日労働が増加した。

(4) 昭和三〇年ころ以降

休日は月二回位となり、残業時間は月に約四〇ないし四五時間に激増した。

(五) 製錬量―一日当りの平均量―

(1) 終戦後昭和二四年ころまで約二トン

(2) 昭和二五年ころから昭和二八年ころまで 約五トン

(3) 昭和三一年ころから昭和三七年ころまで 約一二トン

(4) 昭和三八年ころから昭和四五年ころまで 約二五トン

(六) マンガン粉じん発生状況

前記各製錬工程におけるマンガン粉じん発生状況は次のとおりである。

(1) 搬入時

ダンプカーから原鉱石を工場敷地内に降ろす際マンガン粉じんが舞い上がつた。ことにバラ積みされてくる外国産鉱石の発散量ははなはだしく、昭和三九年ころから外国産鉱石搬入の増大に伴いその発生量も増加した。

(2) 検査・貯蔵時

原鉱石を貯蔵庫におさめる際の移動及び山積みに伴い多量のマンガン粉じんが発散した。

(3) 天日自然乾燥・火力乾燥時

乾燥のため鉱石を移動する際及び攪拌の際、マンガン粉が発散した。乾燥の工程では鉱石を何回となく移動させるため、その移動に伴い多大のマンガン粉じんが発生した。

(4) 加熱乾燥時

原鉱石をロータリーキルン内部へ投入する過程でマンガン粉じんが発生する。ロータリーキルン内部で乾燥された原鉱石は少しの移動でも多量の粉じんを発生させやすいので、回転、混合落下に伴い粉じんが発生し、それが投入口・取出口から外部へ飛散する。また、ロータリーキルン末端からベルトコンベア上へ落下時、ベルトコンベアより地上に落下堆積時、フォークリフトのバケットにて積みとる時などに多量の粉じんが発生した。

(5) 粗砕時

クラッシャーによる粗砕に伴い投入口・取出口からマンガン粉じんが発散した。

(6) ボールミルによる粉砕時

サイクロンから多くのマンガン粉じんが発散した。特に下底部取出口からマンガン粉末を取り出す際及びサイクロン上部にあるバックフイルターの根づまりを無くすため棒でたたく際、それぞれ多量のマンガン粉じんが発散した。尚、ボールミルは粉砕時に大きな騒音を発した。(堀内達三の難聴関係)

(7) フレットミルによる粉砕時

バケットコンベア及び金網上部落下時、金網通過時にそれぞれマンガン粉じんが発散した。

(8) 出荷時

製品を取り出し、袋に入れる際及びトラック等の荷台に製品袋を投降する際、そのミシン目からそれぞれマンガン粉が発散した。

(七) 前記のとおり、各工程の作業中はもちろんのこと、各工程間におけるマンガン原鉱石又はその粉末の集積や運搬に際しても多量のマンガン粉じんが発生し、設備更新等による増産体制の確立にもかかわらず、本件事業所敷地は終戦以降拡張されず同一であり、狭い工場の屋内に多くの粉砕設備が配置されたにもかかわらず、各設備に防じん、粉じん回収装置が設置されなかったことにより、マンガン粉じんは本件事業所内の工場、倉庫、更衣室、食堂内はもとより同敷地内の社宅にまで終日充満し、堆積していつた。

(八) 原告らは、それぞれ別表記載の期間、被告植田に雇用されていたものであるが、いずれも長期間にわたり、本件事業所でマンガン製錬作業に従事中はもとより作業外においても絶えずマンガン粉じんに暴露しこれを摂取していた。

3  マンガン中毒について

(一)マンガンには毒性があり、マンガン粉じんに暴露しこれを摂取するとマンガン中毒に罹患する。マンガン中毒症状はおよそ次のようなものである。

(1) 呼吸器系

じん肺(マンガン中毒ではない。粉じんによる病気である。)

(2) 精神・神経系

(イ)、精神症状

無気力、脱力感、不眠症、傾眠症、情動不安定、物忘れ、神経質、多幸症、性欲減退、インポテンツ

(ロ) 錐体外路症状

姿勢異常、突進現象、半廻転、後退の困難及び不能、歩行異常、仮面様顔貌、小字症、書字拙劣、筋強剛、振せん、言語障害

(ハ) 錐体路症状

筋力低下、四肢けいれん

(ニ) 知覚症状

四肢末端のしびれ、痛み、触痛覚低下

(ホ) 自律神経症状

発汗異常、流涎、立位低血圧

(3) その他の症状

腰痛、頭痛、肝臓機能の低下、胃炎

(二) マンガン中毒は全身中毒症状であり、とりわけ特徴的なのはパーキンソン症候群と呼ばれる錐体外路症状である。なお、前記各症状はマンガン中毒のすべてではないし、またマンガン中毒は前記すべての症状を備えているものでもない。

(三) マンガン中毒症例については、ヨーロッパではすでに一八三七年にクーパーによつて報告されており、わが国でも大正時代から報告されていて、けい肺、鉛中毒等に次いで古くからマンガン鉱山やマンガン製錬工場において指摘されている職業病の一つである。そして、大正八年一二月農商務省工務局発行の金属中毒の予防注意書その他かなりの書物にも明記されている。

4  原告らの被害

原告らの発病時及びその症状並びに現在の症状は別表記載のとおりであつて、原告らはいずれもマンガン中毒、じん肺(原告堀内達三については難聴も含む)(以下マンガン中毒、じん肺の両方を含むときはマンガン中毒等ともいう)に罹患しており、いずれも別表記載のとおりマンガン中毒症として労働災害の認定を受けている。したがつて、原告らが被告植田に雇用され、本件事業所において作業中はもとより作業外においても暴露したマンガン粉じんによつて、右疾病に罹患したことは明らかである。

5  被告植田の責任(安全配慮義務違反、不法行為)

(一) 被告植田は、昭和四七年法律第五七号による改正前の労働基準法(以下「旧法」ともいう。)四二、四三条、五〇ないし五二条及び同法附属関連法令の趣旨に基づき、従業員が労働に従事中はもちろんのこと、本件事業所において従事外であつても、本件事業所の敷地内の社宅内での生活等に際しても、従業員の生命、身体、健康を損うことのないよう十分配慮し、従業員の安全を保護すべき労働契約上の義務を負つているのであるから、原告ら従業員が前記作業過程及び社宅生活においてマンガン粉じんに暴露しこれを摂取してマンガン中毒等に罹患することのないように、右各法条を遵守し、適切な防じん装置を設置する等してマンガン粉じんの発生、暴露及び摂取を防止する万全の措置を講じ、かつ原告ら従業員に対し適切な健康診断を実施する等して、マンガン中毒等の発症防止、早期発見に努めるべき義務がある。

(二) しかるに被告植田は、マンガン製錬工場においてマンガン粉じんによりマンガン中毒等が発生すること、本件事業所においてマンガン粉じんが発生し原告らが右粉じんに暴露摂取していることを知りながら、前記各法条を遵守をすることなく、適切な防止措置を講ずることなく、原告らを極めて劣悪な作業環境下で労働に従事させ、同敷地内の社宅に居住させ、一方健康診断等の早期発見の適切な努力も何らすることなく放置し、原告らを極めて重篤なマンガン中毒等(原告堀内達三については騒音のための難聴も含む)に罹患せしめた。

(三) したがって、被告植田は債務不履行責任(予備的に不法行為責任)により原告らの蒙つた後記各損害を賠償すべき義務がある。

6  被告国の責任(国家賠償法一条一項)

(一) 労働大臣は、労働者の安全及び衛生を確保し、労働基準監督行政を行うべき責務を負うものであるところ、その指揮監督を受ける都道府県労働基準局長労働基準監督署長、労働基準監督官は旧法五四、五五条及び第一一章の各規定の趣旨に基づき、労働者の生命、身体及び健康に悪影響を及ぼすおそれのある事業場に対しては、適宜臨検し、当該事業場の設備等の作業環境が労働者の生命、身体及び健康を確保するのに適切なものでないときには、使用者に対し作業環境の改善等の指導、助言、勧告をなすなどの行政指導をなし、場合によつては、作業の停止や変更をなすことを命ずるなどの行政措置を講じ、もつて労働者に労働災害もしくは職業病が発生することを未然に防止し、あるいは早期に発見して危険を除去しその増悪を防止すべき義務がある。

(二) 労働者保護法としての労働基準法は、一面において使用者に対して、労働者保護のための諸種の義務を課すると同時に、労使の契約関係に対しても積極的にその内容を規律するものとしての効力を有する。それ故労働者は使用者に対し労働契約上の権利として労働基準法に定める保護義務の遵守を求めうる。今日、労働基準法が憲法二五条の生存権に基づく労働者の権利としての保護を規定するものといわれるのは、この意味においてである。さらに労働基準法は、使用者に対し一定の義務を課する反面、違反行為に対しては罰則を設けて使用者の対国家的義務の履行を保護しようとする。しかしながら、このような法律の効力保障手段は、一旦法律行為が生じた後に発動されるいわば事後的救済の手段に他ならないのであつて、それが労働基準法の実効性確保の手段として不十分であることは、何よりも歴史がよくこれを物語つている。由来労働者保護法は、最も違反の多い法律であり、かつまたその実効性を確保することのきわめて困難な法律であつた。今日においてもなお然りである。民事上の訴訟手続ないし刑事裁判の方法にのみ依存する場合は、労働基準法その他の労働者保護法は空文と化する他はない。このような観点から、労働基準法その他の労働者保護法の実効性を確保するための措置として、その遵守を監督しつつ違反行為の発生を未然に防止あるいは違反行為が発見された場合ただちに刑事的制裁を加える以前に、使用者にそれを是正せしめるという方法が要求されてくる。かような目的のために国家は特別な監督機関を常設することを要求され、かかる監督機関の存在の有無こそ本格的な労働者保護法の成否を決定するメルクマールである。前述したように憲法二五条の生存権を実質的に確保するため、憲法二七条に基づいて制定された旧法一、一三条に規定されているように、最低の労働条件を現実的かつ具体的に個々の労働者に対して保障することを目的とし、その実効性を確保するために監督機関を設置したのである。民事上あるいは刑事上の事後的制裁ではなく、最低の労働条件の積極的な実現、労働基準法違反行為の事前の防止及びその積極的な是正をなすことが監督機関に要求されているのである。従つて、監督機関は旧法上当然に最低労働条件の確保のための指導、助言、勧告等の権限を有するものであり、このことは国際的な監督機関の役割の歴史的変遷過程からみても明らかである。旧法五四、五五条、第一一章の各規定は、これら監督行政の一部であるいわば狭義の監督に関する権限を規定したものにすぎず、これらの規定は、労働基準法違反に対し、是正のための指導、助言、勧告を監督機関がなすことを当然の前提としているものといわねばならない。そして、現に監督機関は右各法条を根拠に、これら労働基準法上の最低条件の確保のための指導、助言、勧告等の行政指導を労働基準法上当然の権限として行使しているのであつて、右行政指導が被告国の労働基準監督行政の極めて重要な部分をなしていることは公知の事実である。

労働者の生命、健康、その他生活全体について、労働基準監督行政を通じて、憲法二五条の生存権を実質的に確保すべき責務を有する旧法上規定された監督機関の権限の行使が自由裁量と解せられないだけでなく、一般的に権限行使が自由裁量と解される場合であつても、社会通念上著しく合理性を欠く場合はその権限不行使は作為義務違反とされるのである。労働基準法違反の事実が存在する場合、労働者はこれを監督機関に申告できるのは勿論であるが(一〇四条一項)、労働基準法違反の事実が存在し、かつ監督機関がそれを察知できる場合、監督機関は事業場へ臨検し、使用者に対し勧告、助言、指導し、もつて労働基準法違反を是正し、最低労働条件の確保を図ることは、憲法、旧法上または社会通念上も当然であり、それ故このような場合、監督機関が前記監督行政上の権限を行使しないことは作為義務に違反するものといわねばならない。とりわけ労働者の生命、健康にかかわる安全衛生に関する事項に関しては、旧法五五条、一〇三条からもわかるように、強力な行政指導をなすべき義務がある。

(三) 本件事業所がマンガン鉱を取り扱い、マンガンの粉じんが労働者の生命、身体及び健康に重大な悪影響を及ぼすこと、本件事業所は多数かつ悪質な旧法違反同法附属関連法令違反が継続しておりこれを被告国の監督機関(以下大阪労働基準局長を「大阪局長」守口労働基準監督署長を「守口署長」所属労働基準監督官を「労基官」ともいう。)は、知り又は知りえたのであるから、本件事業所へ適宜臨検し、本件事業所の作業環境を改善すべき旨の有効かつ適切な指導、助言、勧告等の行政指導を行い、場合によっては、その操業の停止、変更を命ずる等の強力な行政措置を講じ、もつて原告らにマンガン中毒等の発生することを防止し、あるいはその危険を除去してマンガン中毒等の悪化を防止すべき義務がある。

(四)(1) 被告国の監督機関は、昭和二七年ころから定期監督等によつて、本件事業所の作業環境が、粉じん防止設備等が欠如し、保護具の備え付けもなく、健康診断も実施されておらず、数多くの法令違反があり、本件事業所の作業環境が労働者の生命、身体の安全及び健康の保持にさし迫つた危険があることを知りえたはずであるのに、これを放置し、原告松太郎を重篤なマンガン中毒に罹患させたのをはじめ、同原告がマンガン中毒として労災認定を受けた後行われた昭和三四年の労働環境測定に基づく指導も粉じんの防止策というにはきわめて部分的かつ不十分なものであり、しかも再監督もなされないまま放置して、そのため本件事業所では右指導を全く履行しなかつた。これにより、訴外人の一名(以下「訴外人」という)がマンガン中毒に罹患し、昭和三七年にマンガン中毒として労災認定を受けるに至つた。同訴外人の労災認定がなされた後、昭和三七年に調査が行われたが、その調査内容は事実に反するずさんなもので調査の名に値せず、したがつて、右調査に基づく監督、指導も具体性を欠くものであつて、これによつて本件事業所の作業環境は全く改善されなかつた。さらに大がかりな昭和三八年の調査も、その調査結果は生かされず、それに基づく監督指導は具体性を欠く極めて不十分なものであり、これによつて、本件事業所の作業環境は改善されないままであり、かつ、同時に行われた昭和三八年の健診の結果も全く生かされず、原告堀内、同宮路らの早期発見、早期治療の芽を監督機関自身の手でつみとつた。このことは極めて重大である。さらに昭和四二年の衛生管理特別指導に際しての監督指導もまた不十分であつただけでなく、再監督を怠つたことにより、本件事業所に粉じん防止策の設置や特殊健診を実施させられなかつたこともまた極めて重大である。昭和四五年以降の監督指導は監督行政の一貫性の欠如と監督官の怠慢と無責任さを示すもの以外の何ものでもなく、本件事業所における局所排気装置等の粉じん防止策の具体的な実現にはまともな監督が行われた昭和四八年までの二〇年間余にも及ぶ時間が必要であつたのである。

(2) 右(1)について、時期を区分して、被告植田の主として違反事項(A(a))、被告国の監督機関の主として作為義務(B(b))、被告国の監督機関の主として義務の懈怠(C(c))と関連事項を述べる。

(ア) 昭和二七年ころから三四年の原告松太郎の労災認定まで

A 右期間大量のマンガン粉じん発散のまま放置されていた。

(a1) 機械設備の粉じん防止設備不備、旧法四二条、四五条、旧労安則一七二条、一七三条違反

(a2) 検定防じんマスク不備、旧法四二条、四五条、旧労安則一八一条、一八三条の二、一八四条違反

B(b1) 旧法五五条、一〇三条の措置をとる義務

(b2) 少なくとも旧法四二条、四五条、旧労安則一七二条、一七三条、昭和二三年一月一六日基発八三号、昭和三三年二月一三日基発九〇号による局所における吸引排出、機械若しくは装置の密閉するよう是正勧告する義務

(b3) 旧法四二条、四五条、旧労安則一八一条、一八三条の二、一八四条により検定を受けたマスクを備え付けるよう是正勧告する義務

(b4) 昭和三一年五月一八日基発三〇八号「特殊健康診断指針について」が発せられ、マンガン及びその化合物を取り扱う作業について、特殊健康診断の検査項目、検査方法が定められているので右指針に基づき、被告植田に対し労働者らに特殊健康診断を受診させるよう指導する義務

C 被告国の監督機関は右の義務を行つていない。

(イ) 昭和三四年の原告松太郎の労災認定から昭和三七年訴外人の労災認定まで

A 設備は増加し、生産量は増大し、大量のマンガン粉じんが発散している。前記(ア)A(a1)(a2)と同じ。

B(b1) 原告松太郎の労災認定申請を受けたのであるから本件事業所へ臨検して、監督を行なう義務

(b2) 前記(ア)B(b1)(b2)(b3)と同じ義務

(b3) 被告植田をして原告らを含む労働者に対し、前記特殊健康診断指針(以下昭和三一年基発三〇八号ともいう)による特殊健康診断を行うよう指導し、その結果報告を求め、被告植田及び原告らに対し、右健康診断結果に基づき適宜の措置をとるべき義務

(b4) 右のような状況下で是正勧告を行つたときは、再監督し、履行を確認し、不履行の場合に法令違反があるときは旧法一〇二条の司法警察官としての権限を行使すべき義務

(b5) 更に、訴外人の労災認定に至るまでにおいても作業環境は改善されず、防じん設備不備、検定マスク不備であるから前記(ア)B(b1)(b2)(b3)(b4)の義務

C 監督機関は右の義務を行つていない。

(c1) 昭和三四年三月三日労働環境測定に基づく指導について、右労働環境測定は原告松太郎のマンガン中毒発生という健康侵害を契機としてなされ、測定結果は二酸化マンガン量は、粉砕機囲扉閉鎖時には三六mg/m3、開放時には八四mg/m3という高度であつた。それにも拘わらず、守口署の指導は、単に「粉砕機の囲を完全にし、粉じん漏洩を防止すること」というものでしかなかつた。

更に、右環境測定の最大の欠陥は、測定対象機械が粉砕機一台、即ち、フレットミル(原告松太郎が主に従事していたものであることは、調査が原告松太郎の発症直後になされていることから明らかである)についてのみ行われており、他の粉砕機は勿論、その他の粉じん発生源についての測定がなされておらず、従つて行政指導も右粉砕機についての指導しかなされていないことである。

被告国は、新たに設置されたボールミル、フレットミルについて粉じん防止設備がなされていることを主張するが、これは、昭和三四年三月三日の指導によるものとは解せられない。

のみならず、右粉じん防止設備とはボールミルに製品回収用のサイクロンを併設したこと、フレットミルに囲を付けたことを指すようであるが、これは何ら粉じん防止装置ではない。マスクの備付についても被告植田が昭和三四年以降備え付けたのは、検甲第一ないし第四号証のT、S、マスクであり、同マスクは有害粉じん用のものではない。のみならず、昭和三四年三月三日の大阪局による指導につき、再監督がなされた形跡は全くない。このように、監督機関は前記(イ)B(b1)(b2)(b3)(b4)の義務をつくしていない。

(c2) 昭和三六年一月一七日ころ、関西労災病院でじん肺健康診断がなされているがこれは昭和三五年にじん肺法が施行されたことによる。然しながら、被告植田の従業員のうち、六名が受診したにすぎず、原告らのうちでは、原告宮路が受診したにとどまり、全従業員を対象とすべき健康診断として極めて不十分なものというほかはない。かえつて守口署において、被告植田に対し、じん肺健康診断をなしうるとすれば、何故、マンガン特殊健康診断をしなかつたのか理解できない。そして監督機関は右じん肺健康診断のほかには前記(ア)B(b1)(b2)(b3)(b4)の義務をつくしていない。

(ウ) 訴外人の労災認定と監督機関の作為義務と懈怠

A 訴外人が労災認定を受けたことは被告植田の作業環境が更に、さし迫つた危険となつたものである。

B(b1) 訴外人の労災認定により、被告国の作為義務は一層強度となり、裁量の範囲は全くなくなつた。

(b2) 被告国の監督機関は昭和三七年一〇月二三日本件事業所の実態調査をした。この調査は、被告植田の作業工程を観察し、各工程における発じん状況を調査しているところに特徴がある。然し右報告書によると「当工場の防じん対策は設備、作業方法について、かなり充実した除じん、収じん装置が設備されており、マンガン中毒についても教育が行われて防じんマスクの着用、管理も行き届いている」「然し、単に一部秤量、袋詰、運搬等の附随した作業については、今後尚、改善を要するものと考えられる」とし、更に他の二事業所共通の総括として、マンガン中毒の特殊健康診断を実施することが必要であるとしている。

然し、右昭和三七年の調査は事実に反し、極めてずさんである。即ち、「かなり充実した除じん、収じん装置」がサイクロンを指しているのなら、サイクロンは、防じん装置ではないし、他に「除じん、収じん装置」なるものは被告植田では無かつたから、右記載は事実に反する。このことは、昭和三八年度労働衛生実態調査と比較すると明白である。更に「マンガン中毒についても教育が行なわれて防じんマスクの着用、管理も行き届いている」とされる点であり、これまた全く事実に反する。被告植田においてマンガン中毒の教育が行われたことが無いことは、被告植田自身、現在においても、マンガンを薬と考え、原告らのマンガン中毒の罹患が憑依現象と疑つていることからも明らかである。また、被告植田における防じんマスクの着用、管理についても、その後の昭和三七年労働衛生実態調査からも明らかなように、被告植田では検定の防じんマスクは用意されていなかつた。昭和三七年調査が何を目的としたのか不明であり、この種の調査は、実態調査自体が目的で、各使用者に対し、指導がなされていない可能性が強い。現に昭和三七年調査で指摘されている発じん場所についての防じん装置は昭和四八年六月二六日受付の被告植田からの是正報告書まで放置されており、特殊健康診断については、昭和四三年五月一〇日付改善計画書の中で、はじめて守口署による指導があつたことが窺われるにすぎない。

昭和三六年調査においても、粉じんの測定が全くなされておらず発じん状況の評価が「感」でなされている。粉じん規制量は各物質によつて異なり、単なる視認で発じん防止が十分であるか否か判らず、各粉じんの粒子の大きさ、形状によつて視認による発じん状況は大きく異なるから、右調査による評価は全く信頼性がない。調査担当者が被告植田へ臨検したか否か疑わしく、調査担当者が無知のため被告植田の報告をう呑みにしたか何れかである。

C 監督機関が被告植田に対し、丙七号証をもつて改善を要するとしたか所についても、特殊健康診断についても改善勧告し、又は他の具体的指導をした形跡がない。(ア)B(b1)(b2)(b3)(b4)の義務が不履行である。

(エ) 昭和三八年労働衛生実態調査と作為義務と懈怠

A 労働省は、昭和三八年、各都道府県労働基準局宛に「労働衛生特別実態調査」の実施を指示した。同調査は、労働省において労働立法などの労働衛生行政を推進するための目的を持つと同時に調査を実施する各都道府県労働基準局においては、「地方における懸案事項の解決と労働衛生意識の向上を図る」ことが目的とされ、各都道府県労働基準局は各地方における重要な職業病を主にした労働衛生上の課題を調査事項に選定し、それについての実態調査が行われた。大阪局においては、大阪府下におけるマンガン中毒患者の発症が多数みられたことから職業病としてのマンガン中毒症を予防し、これに関する問題解決のため、マンガン及びその化合物を取り扱う事業場を調査対象として右実態調査を行つた。対象となつたマンガン製錬業として、本件事業所外三事業所があつた。調査によつて次の事項が明らかとなつた。粉じん測定結果によると、被告植田においてはフレットミル、ボールミル(大)、ボールミル(小)、と三種の機械周辺での測定がなされ、それぞれ、4.3mg/m3、17.2mg/m3、8.4mg/m3である。右各濃度は調査対象となつた各事業所と比較して良好とは言えず、環境測定については事前に通告がなされているのに米国の恕限度五mg/m3を三倍も越えている測定結果が出ているのであり、その作業環境劣悪は明白である。更に発じん抑制措置についても、原鉱石の運搬、粉砕機前への集積、粉砕機への投入についての発じん抑制措置がとられていないことが指摘されている。右調査の最大の特徴は対象事業所の労働者に対してマンガン中毒症に関する健康診断をしたことである。この結果全受診者一三四名中要精診者二六名が発見された。この要精診者とは神経学的に明らかに中枢神経障害の徴候が認められ、それがマンガンの影響であることの疑いの濃い者と、神経学的にある程度の疑わしい徴候を示す者とに二分され、前者は四名ですべてマンガン製錬業に集中し、本件事業所では原告堀内、同宮路がこれにあたると診断され、後者は二二名である。そして本件事業所の従業員中受診者一二名、要精診者原告堀内、同宮路を含む五名と診断された。(原告森川ヤスエは受診せず)

被告植田の昭和三九年二月時点での違反事項は左のとおりである。

(a1) 機械設備の粉じん防止不十分(旧法四二条、四五条、旧労安則一七二条、一七三条)

(a2) 検定品の一級防じんマスクの不備(旧法四二条、四五条、旧労安則一八一条、一八三条の二、一八四条違反)

(a3) 食堂、更衣室等の保健施設の清潔保持不十分(旧法四三条、四五条、旧労安則一七二条違反)

(a4) 特殊健康診断(昭和三一年五月一八日基発三〇八号、マンガンとその化合物を取り扱う作業についての検査項目、方法による)をしていない。

B(b1) 右違反事項について左記の是正勧告等を行う義務

粉じん防止等に関し、前記基発八三号、九〇号による局所における吸引排出、機械若しくは装置の密閉の具体的措置をとらせること、保健施設の清潔を保持し職場の清掃方法について具体的措置を指導し、検定一級防じんマスクを備え付け装着させること。

(b2) 右の再監督を行つて履行を確認し

(b3) 将来にわたり、労働者らにマンガン特殊健康診断を受けさせたうえ、旧法一〇一条、一一〇条により健康診断結果を提出又は報告させてその履行を確認し

(b4) 昭和三八年健康診断で要精診aの原告堀内、同宮路について旧法一〇五条の二に基づき、被告植田に診断結果を報告して被告植田に精密健康診断を実施させることはもとより、原告堀内、同宮路に対しても、診断結果を報告し、原告らにおいて、自ら独自に精密健康診断を受けることを可能ならしめ、且つ、大阪局が行つた昭和三八年健康診断によつて要精診aの結果が出たのであるから、大阪局は、自ら、要精診者に対し、精密健康診断をし、その結果に基づいて、早期の治療を受けさせ、職場においては、配転をはからせる等してマンガン粉じんとの接触を避ける措置をとらせる義務がある。

C 監督機関は右義務を履行しなかつた。

(c1) まず、昭和三八年調査に基いて行つたことは、右調査対象となつた事業場に対し、昭和三九年二月一七日大基発一九四号(乙第四号証)と称する一片の書面を送付したことだけであつた。右書面は留意事項として、昭和三八年調査の対象事業所に共通する結論部分をそのまま引用し、粉じん測定の実施、特殊健康診断を実施して、労働者の健康状態の把握、新検定合格の一級防じんマスクの整備と着用、衛生教育の実施、清掃方法の改善等が抽象的に記載され、昭和三八年健康診断結果が添付されていたにすぎない。このように大基発第一九四号には、被告植田における法令違反とその是正に関する具体的指摘は全くなく、とりわけ粉じん防止策に関する是正は完全に欠落していた。したがつて、これをもつて、右(エ)B(b1)の義務が尽されたとはとうてい言えない。

(c2) 大阪局は右大基発第一九四号を送付しただけで、そのまま放置し、再監督せず、履行についての確認もせず、右(エ)B(b2)の義務は全く履行しなかつた。

(c3) また右(エ)B(b3)の義務も履行されなかつた。

(c4) 右(エ)B(b4)の義務が尽されなかつた。「マンガン中毒は中毒の第一期で診断できると、症状は可逆的(甲第四一号証の六二頁)であるから、早期診断といつてよい」とされ、また、マンガン中毒はすでに典型的な、あるいはそれに近い症状を発現してしまつてからでは、現在の治療医学ではほとんど効果をあげることができず、わずかに対症療法を施すしか手段がないのであるから、わずかでも異常所見を呈する者を早期に発見し、職場配転など、対策を講じる必要があるとされている。(甲第一号証九〇頁引用の堀口論文)

ところで昭和三八年健康診断の結果に基いて、大阪局がなしたことは、右に述べたとおり、大基発一九四号に右健康診断結果を添付しただけであつた。そして、右添付された健康診断結果には、「特殊健康診断判定基準」として数値等を並べてあるだけであり、さらに要精診a、b、異常なしという調査結果の一覧表を事業主あてに送付したのみであり、要精診a、b、が持つ意味は全く説明されておらず、ましてこれら要精診者への具体的対策、例えば配置転換等はもとより精密健康診断を受けさせるべきことについてさえ、全くなされておらず、使用者に対する報告として極めて不充分である。のみならず、大阪局は、被告植田が精密健康診断を受診させたか否かの調査も全くしていない。

そして、昭和三八年調査において、原告堀内および同宮路が「要精診a」とされていたにもかかわらず、大阪局において精密健康診断を行わなかつたのはもとより、右原告らに対する報告もせず、原告らによる独自の精密健康診断の機会も奪つたのである。(労基局が昭和三八年健診の結果を原告らに示したのは、被告植田廃業後の昭和五〇年七月になつてからであつた)。受診者に対する報告は極めて容易である。

そして、原告堀内および同宮路が昭和三八年健康診断に基づいて、しかるべき予防措置がとられていたら、右両原告のマンガン中毒症の進行は防止できたはずであり、右昭和三八年健康診断に基き、原告堀内および同宮路に直ちに精密健康診断を行い、または行わしめていたならば回復も可能であつたのである。

大阪局が右(エ)B(b4)の義務を懈怠し、その結果、右(エ)B(b1)(b2)(b3)の義務の懈怠とあいまつて、原告堀内および同宮路の症状を悪化させ、現在の医療では治療不可能な重篤かつ典型的なマンガン中毒症に罹患せしめ、また、症状を増悪せしめたものである。

(オ) 昭和三八年調査から昭和四二年まで。

A(a1) その後大基発一九四号による指導にもかかわらず、被告植田においては、粉じん防止策は全く講ぜられず、保健施設に関する清潔保持策も講ぜられず、さらに防じんマスクも規格について労働大臣の検定を受けたものは使用されないままであり、旧労安則一七二条、一七三条、一八一条、一八三条の二、一八四条違反は継続していた。また特殊健康診断も行われないままであつた。そして被告植田の作業環境をそのまま放置すれば、原告堀内および同宮路の症状の増悪はもとより、他の労働者にもマンガン中毒等が発症し、労働者の生命、身体、健康に関し、極めてさし迫つた重大な危険があつた。

(a2) 昭和三六年一月一八日、監督機関の指導により、じん肺健診が行われた。しかし、じん肺法六条は使用者が定期的にじん肺健診を実施すべきことを定めているが、被告植田は昭和三六年以降これを実施していなかつたのであり、これに加えて、マンガン中毒症および有所見者が続出している被告植田の作業環境のもとでは、マンガン粉じんによるじん肺発症についてもさし迫つた危険があつたといえる。かかるじん肺発症のさし迫つた危険がある状況下において監督機関とすれば、被告植田に対しじん肺法六条に基くじん肺健康診断を実施させて、その報告を求め、あるいは、昭和三六年におけるじん肺健康診断のように自らこれを実施すべき義務がある。

(a3) さらに昭和三六年ころにはボールミルが設置されて稼動をはじめ、被告植田における設備がフル稼動するようになるや被告植田の作業場の騒音は極めて強烈なものとなつた。にもかかわらず、被告植田では旧労安則一七六条に規定する騒音防止対策は全くとられておらず、また、同一八三条に規定する耳せんその他の保護具も備えられておらず、右各規定に違反していたのであり、監督機関としては右事実を定期監督等で知りえたはずである。そして被告植田における騒音は極めて強烈であり、これをそのまま放置すれば、労働者に難聴等の耳の疾患が発生するさし迫つた危険があつたというべきであるから、監督機関として被告植田に対し右各規定に基き騒音防止対策等を講じ、耳せん等の保護具を備えるよう是正勧告等をなすべき義務があつたといえる。

C 昭和三八年調査以降、昭和四二年まで四年間にわたる期間があつたにもかかわらず、監督機関としては、被告植田に対し、何らの措置もとつていない。(エ)B(b1)(b2)(b3)、(オ)A(a2)の義務を尽さなかつた。そのため、被告植田の作業環境は何ら改善されず、劣悪な作業環境の下で、右期間中に原告堀内および同宮路は、マンガン中毒症を進行させ、また原告堀内は昭和四〇年ころ、聴力の低下をきたしたのである。

(カ) 昭和四二年度衛生管理特別指導と監督機関の作為義務の懈怠

A 昭和四二年度衛生管理特別指導(衛特)

昭和四二年衛特の趣旨は、「事業場における有毒なガス、蒸気、粉じん、その他労働者の健康に悪影響を与える諸要因の発生を防止し併せて労働者の健康保持に必要な諸施策を実施するため、技術的事項を中心とした対策の樹立とこれを自主的に推進する衛生管理機構を確立し、更に実効ある活動を確保するため強力な指導および監督を行う」とされており、守口署においては、従前マンガン中毒症が多発していることから、昭和四二年度の対象事業場として、被告植田を指定したものと考えられる。

当時の被告植田の違反事項は左のとおりである。

(a1) 機械、設備の粉じん防止策を講じない。(旧法四二条、四五条、旧労安則一七二条、一七三条違反)

(a2) 検定品の一級防じんマスクの不備(旧法四二条、四五条、旧労安則一八一条、一八三条の二、一八四条違反)

(a3) 特殊健康診断(昭和三一年五月一八日基発三〇八号、マンガンとその化合物を取り扱う作業についての検査項目、検査方法による)を全くしていない。

(a4) 騒音防止等を講じない(旧法四二条、四五条、旧労安則一七六条、一八三条違反)

B 昭和四二年衛特にみられる監督行政の怠慢

まず第一に、守口署が昭和四二年衛特において行つた「強力な指導及び監督」の内容自体、極めて不備なものであつた。昭和四二年衛特において行われた「指導、監督」の内容は被告植田が提出した改善計画から、うかがうことができる。それは「改善指導」であつて、その内容は、①年一度の特殊健康診断を実施すること、②粉じん防止策として、ボールミル、フレットミルの製品取出口に局所吸引排出装置を設置すること、フレットミルの囲いからの粉じんの漏洩を防止するため、フレットミルの囲いを完全にすること、③騒音防止等を講ずることなどである。右のうち③を除いて、いずれも昭和三七年調査、昭和三八年調査においてつとに指摘されてきたことであつて、右各調査時点において、具体的に是正勧告や指導がなされないまま放置されてきたものを、昭和四三年になつて、ことあらためて、改善指導としてなされたものにすぎない。とりわけ「フレットミルの囲い」については、昭和三四年三月三日の労働環境測定調書にさえ指摘されていたのである。昭和三四年の環境測定も、三七年調査(すでに述べたようにずさんなものであるがそれさえも)も、昭和三八年調査も、その結果がいかに生かされなかつたか驚くべきことであつて、怠慢かつおざなりの監督行政を示して余りあるといえる。昭和四二年衛特による昭和四三年四月二四日の改善指導は、すでに二名のマンガン中毒症労災認定患者と五名にも及ぶマンガン中毒症有所見者を出した被告植田に対する監督行政として余りにも遅きに失したものであつた。

(b1) 昭和四二年衛特による監督機関の作為義務

そして、昭和四二年衛特に際し、最も重要なことは、改善指導の実効を確保すること、すなわち、再監督を行うことによつて、改善指導の具体的実施状況を確認することにあつた。大基発第四二六号(丙第二二号証)によれば、昭和四二年衛特の指導期間として、昭和四二年四月一日より昭和四三年三月三一日までとし、昭和四二年四月から五月に事業場選定並びに指定、昭和四二年五月から七月に当初監督ならびに指導、昭和四二年一〇月から一一月に中間指導、昭和四三年二月から三月に最終監督指導ならびに効果把握というように具体的監督時期とその内容を指示していた。しかしながら、守口署の被告植田に対する指導は、昭和四二年衛特期間が終了した昭和四三年四月二四日に行われており、監督指導実施回数は二回だけであり、しかも、被告植田の改善計画(丙第九号証)が守口署へ提出されたのはさらに遅れて昭和四三年五月一〇日であつた。このように守口署が被告植田に対してなした監督指導は昭和四二年衛特期間経過後になされたもので、その実施回数も大阪局の指示に反するものであつた。のみならず、守口署の指導に対する被告植田の改善計画(丙第九号証)は極めてふるつているのである。まず①マンガンの特殊健診については「大東市民病院に交渉中」、ボールミル、フレットミルの局所吸引排出装置については「完成五月二〇日」、③フレットミルの囲いの密閉については「五月一五日迄に補修完了」、④騒音防止対策については「目下改装中五月二五日完成」というようにいずれも「交渉中」であるとか、将来の完成予定期日を記載しているにすぎないのである。かくて監督指導の実施結果を確認するために、再監督は極めて重要であり、かつ、大基発第四二六号も守口署に対し「最終監督並びに効果把握」を命じている。そして被告植田の作業環境はマンガン中毒症の労災認定患者二名、「要精診」者五名も出し、労働者の生命、身体、健康にさし迫つた危険が明らかに認められたのであるから、守口署としては、被告植田において提出した改善計画の実施の有無を確認するため、被告植田を再監督し、もし改善がなされていなければ、さらに是正を求め、被告植田がなお是正しなければ、旧労安則一七二条、一七三条および旧法四二条、一一九条により、罰則を適用するため、旧法一〇二条の司法警察官としての職務を行うべき義務がある。

C(c1) 守口署は、大基発第四二六号の指示に反して、再監督による「効果把握」をなさず、被告植田が改善計画(丙第九号証)に基き、改善を実施したか否かの確認を怠つた。

被告植田の違反の状態は昭和四二年衛特以後も続くのである。

かくして、原告堀内および同宮路はそのまま精密健診を受けることなく放置されたうえ、症状をいつそう増悪させ、また昭和四三年ころ新たに原告森川ヤスエにマンガン中毒の初期症状を発現させるに至つた。

(c2) 前記(オ)A(a2)で述べたじん肺に関する作為義務については昭和四三年以降もこれが尽された形跡はなく、そのため、原告堀内、同宮路および同森川ヤスエは、マンガン中毒症を増悪させ、または、初期症状を発するとともに、序々にじん肺にむしばまれて行つた。

(キ) 昭和四五年以降の監督指導

A 被告植田における劣悪な作業環境は、一向に改善されないまま昭和四五年にまで至つた。昭和四三年ころからは、一方では被告植田が周辺にまき散らすマンガン粉じんによる環境汚染に対し、周辺住民から、公害であると指摘され、被告植田および行政官庁に対し、陳情が繰り返えされた。その結果、昭和四五年ころからは大阪府による被告植田に対する調査が開始され、粉じん防止策に関する指導も行われるようになり、また、工場周辺の環境測定も繰り返し行われ、さらには周辺住民に対する健康診断が実施された。このような状況下で、昭和四五年以降の監督機関による被告植田に対する監督指導が行われた。

守口署は昭和四五年八月二二日基発第六一〇号、同年八月二八日大基発第一一七二号に基き、昭和四五年度全国労働衛生週間準備月間に、有毒物質取扱い事業所に対する一せい監督指導等を実施し、この一環として昭和四五年九月本件事業所に対する調査監督指導をなした。

B 右監督指導においてこれを実施した守口署の監督官は、行政指導としては特殊健康診断について検査項目が異なつていたことから、この点について口頭で基発三〇八号(甲第三三号証)に基づく検査を実施するよう指示したのみであり、それ以外は何らの行政指導はなしていない。

C ところで、守口署の監督官が指摘する「公害関係もあり、大阪府の指導を受けて粉じんについてはかなりの考慮が払われていた」との点は、同人が大阪府の指導等を自ら調査した結論ではなく、単に調査の際に被告植田側からの説明がなされ、それをそのまま記載したものにすぎない。「かなりの考慮が払われていた」というのは監督官の言葉としては、極めてあいまいであるだけでなく、その判断は全く不十分であり被告植田では粉じん防止策は何らなされておらず、これについて指摘、指導すべき事項が多数存したことは、その後の各監督指導の際になされた指導(丙第一四号証ないし一六号証)および大阪府が公害防止のために独自になした行政指導(甲第三四号証中の「指導経過」における各防じんに関する各指示参照)に照らして明らかである。昭和四五年一せい監督指導を行つた監督官は「植田マンガンに対する予備知識はゼロ」でありこれまでにマンガン中毒症が発生していたことさえも、知らなかつたという状況下でこの「監督指導」がなされていたことを考えればいかにこの「監督、指導」がずさんであつたかは明らかである。そして、このことは被告植田に対する監督行政の一貫性の欠如を示して余りある。監督官としてある事業場へ監督に臨むに際して当然、従来の監督指導の実情を調査すべきで、そうでなければ適切な監督指導はなされないことは明らかである。監督官のかかる態度は現行法の監督機関として任務を放棄するに等しいものである。

(ク) 昭和四六年の特化則施行に伴う一せい監督指導とその無責任

昭和四六年四月二八日に制定された特化則の適正な実施をはかることを目的として、大阪局は特化則の対象事業所に対する一せい監督指導を実施し、守口署は昭和四六年九月一〇日被告植田に対する監督指導を行つた。

右一せい監督指導において守口署が被告植田に対し行つた指導は屋内作業場の気中濃度の測定を六ヶ月毎に行うようとの指導だけであり、特化則上の各条項についての違反はないとした。しかし、その後守口署が行つた昭和四八年三月の監督指導(丙第一四号証)によつても、被告植田においては四項目にわたる特化則違反が存したことは明白である。ところで守口署監督官は「特化則関係の違反なし」(丙第一三号証の一)との記載は、要するに、特化則中の未だ未施行の部分については法律違反はないからそのように記載しただけであるといい、未施行の部分(特化則上の規制の大半は一せい監督指導の段階では未施行であり、この一せい調査対象事項は全て未施行である)については、施行済みの部分についてほど注意深くみておらず見落していたという。しかしもともと昭和四六年の一せい監督指導の中心は、未施行部分(丙第一三号証の三のチェックリスト記載のチェック項目は全て当時未施行である)であり、その適正な実施をはかるべく適切な監督指導をすることがこの一せい監督指導の目的であることは明白であり、右監督官は無責任極りない。なお環境測定結果(丙一三号証の五)は信用できない。

(ケ) 昭和四八年の監督指導について

被告植田は公害企業として、周辺住民から指摘されており、そのような中で昭和四八年に住民から守口署に対しても「植田製錬所において公害が発生しているので厳重に監督されたい。」旨の申し込みがあり、同署は同年三月一六日大阪局と共に臨検を行つた。右臨検において、四項目における特化則違反が指摘され(丙第一四号証)、これらを是正するようにとの行政指導がなされた。被告植田は右行政指導に従い三ヶ月後には局所排気装置を各所に設置すると共にはじめて特化則に基く健康診断を実施したのである。これらの行政指導に従つた各処置については写真等を添付した具体的な是正報告書の提出がなされるとともにさらに監督官が現場に赴きその実施状況を現認し、あわせて再度の監督指導がなされているのである(丙第一七号証)。監督機関がまともな監督行政を行つたのは、驚くべきことに実に被告植田が廃業する一年前であつた。

(3) そして昭和四八年以降の状況を見れば明らかなように、適切且つ具体的な行政指導があれば、被告植田といえども特に罰則の適用等の強制措置をとるまでもなく、その指導に従つているのであり、監督機関が適切な行政指導をなしていればそれを通して発じん抑制措置その他がなされ、原告らのマンガン中毒等(原告堀内達三については、更にボールミル等の騒音による難聴)の罹患を防止し、少なくともその増悪を防止できたことは明らかである。

(五) よつて、被告国は国家賠償法一条一項により、原告らの蒙つた後記各損害を賠償すべき義務がある。

7  損害

(一) 原告らの現在の症状は別表記載のとおりであり、マンガン中毒等に罹患することによつて、いずれも人間として最も根幹である精神神経系統をはじめとする全身に、長期間にわたつて重大な障害を受け、原告らの肉体的、精神的苦痛は甚大であり、また原告らの家族を含む生活破壊の実情は筆舌に尽しえない。しかも、原告らのマンガン中毒等については有効な治療法はなく、原告らは勿論その家族もそれぞれ死亡に至るまで右マンガン中毒等に苦しめられるのである。

(二) マンガン中毒等は、職業病の典型として古くから知られており、被告らとしてもその職場環境が原告らの健康に極めて重大な悪影響を及ぼすことを十分熟知しながら、敢えて原告らを劣悪な労働環境の中で労働に従事せしめ、原告らの健康を犠牲にして利潤追求第一主義を貫徹しあるいはこれを助長してきたのである。そして、被告植田は「マンガンは薬だ」等とうそぶき、原告らの被害の救済を放置したまま廃業するに至つている。

(三) 右に述べた原告らの被害の重大性、長期性、治療不可能性並びに被告らの加害行為の罪悪性よりすると、原告らの損害は金銭賠償によつては到底償い得ないものであるが、原告らの損害を敢えて金銭に換算するとしても逸失利益、慰藉料等を個別に積算することは不適当であり、それぞれの事情を総合すれば、原告らの損害は原告一人当り金三、〇〇〇万円を下ることはない。

原告らの損害は生活総体の破壊として直視すべきであるが、その内容につき一応の分類を試みると次の様になる。

生活総体の破壊{物質損害{(1)積極損害

(2)逸失利害

非物質損害{(3)固有の慰藉料

(4)無形の損害

(1) 積極損害

医療関連費、療養費、付添介護費、交通費

一日当り少くとも金九〇〇円 終生

(2) 逸失利益

原告らは労働者災害補償保険からそれぞれ被告植田における平均賃金の六〇パーセントを支給されているので残四〇パーセント分。

全労働者の平均賃金を基準にして発病後現在までの賃金損害とみなしさらに平均余命の半分の期間は右平均賃金を取得すると考え積算すべきである。

(3) 固有の慰藉料

金二、〇〇〇万円

(4) 無形の損害

人間の生活は労働力を提供する労働時間以外に結婚生活、親子の生活、近隣との地域活動、友人との交遊、趣味、娯楽等の文化活動がある。これらの活動の喪失についての損害。

(四) 原告らは、いずれも被告らの加害行為により本訴提起を余儀なくされたが、右提起にあたり、原告らは原告ら訴訟代理人弁護士らに対し、いずれも勝訴の際には、各請求認容額の一〇パーセントを弁護士費用として支払う旨、それぞれ約したので、各原告につき、右に述べたところに従い、弁護士費用の支払をもあわせて請求する。

8  結論

よつて、原告らは被告らに対し、各自各金三、三〇〇万円と右各金員のうち金三、〇〇〇万円に対する被告植田につき昭和五一年九月三日、被告国につき同年月四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

右遅延損害金の起算日は、被告らに対する各不法行為に基づく請求は、本件不法行為の後の日であり、被告植田に対する債務不履行に基づく請求は、訴状送達の日の翌日である。

二被告植田の請求原因に対する認否〈省略〉

三被告国の請求原因に対する認否及び主張〈省略〉

四被告らの抗弁〈省略〉

五被告らの抗弁に対する認否〈省略〉

六再抗弁〈省略〉

第三証拠〈省略〉

理由

第一  当事者間に争いのない事実

一  原告らと被告植田との間

1原告ら主張の請求原因1項(一)(三)の事実、2項(一)(二)(四)の事実

2同2項(三)の事実中、左記の事実

(一) 終戦後から昭和二四年頃まで製錬設備として、胴突、東フレットミル、西フレットミルが設けられ稼動していたこと、

(二) 昭和二八年頃、胴突が廃止され、東フレットミルが新設されたこと、

(三) クラツシャーが新設されたこと(昭和二五、六年)、昭和二九年頃、天日自然乾燥に加え、火力乾燥の方法が導入されたこと、

(四) 東ボールミルにサイクロンが付設されたこと(昭和二八年頃)

(五) 昭和三八年頃、ロータリーキルン、フォークリフトが新設されたこと、ベルトコンベアが新設されたこと(昭和三五年)、東西フレットミルに替え大型フレットミルが新設されたこと(昭和三七年)

(六) 昭和四二年頃クラッシャーの設備更新が行われ、その能力が約三倍になつたこと(実際の粗砕量は二倍にも達していない)

(七) 昭和四三年頃小フレットミルが新設されたこと、

3同2項(八)の事実中、原告らがそれぞれ別表記載の日に被告植田に雇用され、本件事業所でマンガン鉱の製錬作業に従事していた事実。

4同4項中、原告らが労災の認定を受けたこと、同5項中被告植田が原告らに対し、原告ら主張のとおりの法令上、契約上の義務を負つていること、同7項中、被告植田がマンガン製錬業を廃業したこと。

二  原告らと被告国との間

1原告ら主張の請求原因1項(一)(二)(三)の事実、2項(一)(二)の事実

2同2項(六)(七)の事実中、各工程の作業中及び各工程間においてマンガン粉じんが発生した事実、同2項(八)の事実中、原告らがマンガン製錬作業に従事していたこと、本件事業所でマンガン製錬作業に従事中マンガン粉じんに暴露しこれを摂取したこと。

3同3項(一)(二)の事実中、マンガン中毒症状として原告ら主張のような錐体外路症状のあること。同3項(三)の事実。

4同4項中、原告らがマンガン中毒に罹患したこと、マンガン中毒として労災の認定を受けたこと、被告植田に雇用され、本件事業所において作業中、暴露したマンガン粉じんによつてマンガン中毒に罹患したこと。

5同6項中、被告国の認否欄5項の(一)ないし(一〇)に記載した事実。

第二  原告らのマンガン中毒罹患等

一本件事業所の作業内容は、マンガンの原鉱石を粉砕して粉末にするものであり、その工程は、概ね、原鉱石搬入、検査・貯蔵、乾燥、粗砕、選鉱、微粉砕、秤量袋詰及び出荷であること、各工程内及び各工程間において粉じんが発生していたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると、その製錬量は、ほぼ原告ら主張の量であり昭和四六年以降は横ばい程度であること、が認められ、これに反する証拠はない。

二〈証拠〉によれば、マンガン粉じんは本件事業所内の工場、倉庫、同敷地内の社宅内に飛散していることが認められ、右認定に反する証拠はない。

三前記認定の事実、〈証拠〉を総合すると、原告らの雇傭期間は

原告堀内 昭和二一年九月二〇日―昭和四六年七月頃

原告宮路 昭和三五年一一月二〇日―昭和四九年一〇月

原告松太郎 昭和二〇年一〇月二八日―昭和三三年

原告ヤスエ 昭和三七年四月二八日―昭和四四年一〇月頃

であつて、原告らは、右の期間マンガン製錬作業に従事し、工場、倉庫においてマンガン粉じんに暴露し、原告ヤスエについては昭和二〇年頃から社宅に居住中も小量を吸収していたことが認められ、この認定に反する証拠はない。

四〈証拠〉によれば、請求原因3項の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。(じん肺はマンガン中毒と別個の疾病である。)

五〈証拠〉を総合すると、左記の事実を認めることができ、この認定に反する〈証拠〉は採用できず、他に右認定を左右しうる証拠はない。

1マンガンとその化合物は、化学工業等に広く利用されているのであるが、それは極く小量でも生体に対し重篤な症状を惹起するという性質のものとは異なり、他の重金属と比較して毒性が低い。マンガンは生理的にも動植物組織に存在し、生体にとつてある種の役割を演ずる必須のものであり、人が食物と共に摂取する量は一日約一〇mgとされるところ、摂取過剰もよくないが、欠乏も重大な障害を惹起する。その吸収は消化器からであるが、肺からも吸収され、排出は大腸、胆管から行われ一部は尿中へも出てくる。マンガンの大量が急速に体内に入り、或は微量でも持続的に長時間、右のある種の役割を演じる必須量を越える量(それがどの位かは不明である。)が吸収され、排出されないことになれば神経学的に興味ある症状を惹起する。ある量を越える微量が、長時間、持続的に吸収された場合でも症状の発現と進行は緩慢である。

マンガン中毒に関し、暴露から発症までの期間についてはいろいろな条件がからみ合つてくる。元来、中毒の発症には個人的な身体的素因がかなり重要視されている。マンガンについても同じで、個体差が大きく、これと作業環境における粉じん中のマンガン濃度である。発症までの期間は、短かいもので一五日という「報告」もあるが、普通は二、三か月から二年以内位で、長いものは数年ないし一〇数年で、二〇数年かかつたという報告もある。

ソビエト連邦の労働者のマンガン中毒罹患の本は沢山あるが、入手が困難とされているところ、その一部を入手して紹介するところによると、マンガン取扱作業開始時からマンガン中毒症状発生までの年数は、昭和三一年の本からの計算によると、ある製錬工場の患者五〇数名中、一年未満五名(9.3%)、一年から二年一一名(20.4%)、二年から三年一一名(20.4%)、三年から五年一六名(29.6%)、五年から一〇年九名(16.7%)、一〇年以上二名(3.7%)とされ、昭和四三年の本には労働条件が悪い場合には六か月から九か月で発生することがあるとされている。そして紹介者はソ連におけるマンガン取扱作業環境は衛生学的にみて不十分としている。右の紹介によると病期を左の三段階に分けているが、これに言う第一期における可逆性が日本の医学の通説においてどのように主張されているかは不明である。

第一期(初期)

中枢神経系の機能障害の段階で、全身の無力症、植物神経の障害、弱い多発神経炎の症状を伴い、大脳皮質では制止の過程が優勢である。自覚的症状としては全身の脱力感、頭痛、目まい、疲れやすい、傾眠、食欲の低下、四肢の感覚異常、記憶の低下が訴えられる。普通、自分自身、自分の周囲に対しては無関心であるから、患者が医師を訪れることは少ない。しかし詳しく質問すると、上に述べた症状のほかに動作の不器用、四肢の痛みなどが訴えられる。他覚的には軽度の表情減退、眼裂の開大、瞬目数の軽度の減少、感覚(嗅、味、視覚)の鈍化、筋の興奮性の亢進、筋トーヌスの低下、腱反射の亢進、迅速な行動の不能、流涎、発汗の亢進、脂肪分泌の増加(膏顔)、眼瞼、舌や手指のふるえが認められる。しばしば甲状線が肥大するが、その機能亢進は明瞭ではない。低酸性或は無酸性の胃炎、胃液分泌の減少も見られることが多いが、この時血色素量は少なくないのが特徴とされる。このほか肝臓の解毒機能の低下、性機能の減退が見られる。この時期の症状は可逆的であつて、治療によつて消失する。

第二期

初期の毒性脳症の時期で回復は難しい。その特徴は無力性植物神経症候群のほかに軽い器質的症候が生じることで寡動、緊張亢進(稀に低下)の錐体外路系の症候群が見られる。即ち、表情減退、瞬目数の減少、不動の視線、歩行時における手の協応運動の障害、筋トーヌスの上昇(時には低下)があらわれ、歩行障害、傾眠、言語障害が出てくる。脳神経の障害では輻輳の障害、眼球振盪、瞳孔の不動、時には白色や赤色に対する視野の狭窄が見られることがある。腱反射は亢進することが多く、病的反射が現われることもある。また、多発神経炎の症状として遠位部の筋の萎縮、遠位部の感覚障害、錐体路系の症状として手指のふるえが見られる。第一期から第二期への移行は時によると非常に早い。

第三期

錐体外路系の症状、パーキンソン症候群の時期で中枢神経系の器質的変化は殆んど非可逆的である。時にはパーキンソン症候群が突然現れることがあつたり、短い期間に症状が著るしくなることもある。仮面様の顔、無気力、無関心、言語の単調と発語困難、運動過剰、雄鶏様歩行、後方、前方突進、小書症、多汗、流涎、瞳孔の大きさの不同、脳波では波の低下、気脳図では前頭部の萎縮、脳室の形の変化、筋トーヌスの亢進、受動運動における歯車症状、強制笑いとか強制泣き、一般知能の低下が認められる。

じん肺は、粉じんを吸入した結果、エックス線写真に異常な陰影が現われ、次第に肺機能が低下し解剖すると、肺に粉じんによる線維増殖が見られる疾病であり、線維増殖というのは、じん肺のために肺の組織が固い膠原線維におきかえられ、一度この変化が起ると薬剤によつても元にかえらない。エックス線上の異常陰影も機能低下も、その主因はこの線維増殖であるとされる。変化がここまで進むと吸入粉じんは肺胞内に蓄積され、融合して塊状巣となる。金属鉱山内夫や石工では二〇年以上の年数を要するが、大量じんを吸入した例では五、六年で形成され、一〇年以内に死亡する。(急進珪肺の場合)

じん肺の特色の一つは、一〇年、二〇年前に吸じんして、その後、粉じん職場をはなれている者でも、胸部エックス線写真にて、じん肺陰影の著名な進展を認めうることがあり、一度吸入した粉じんにより長期間後に肺の線維化が起きたためであるとされている。

原告らは小量を持続的に長時間吸収したもので、そのマンガン中毒の発症と進行は漸進的で緩慢であり、そのじん肺は何れも急性ではない。

2  原告らのマンガン中毒発症時期、初期等と現在の症状等は、

(一) 原告堀内

昭和三六、七年頃からフラフラした歩き方をはじめ、昭和三九年はじめには下肢懸振性試験、鶏状歩行は何れも境界域、後突はあり、昭和四一、二年頃からマンガン製品等の重い物の運搬が不能となり、よくつまづき、スコップで十分にすくえない、作業することが徐々に困難となる。

現在の症状は強度の難聴(その原因はしばらく措く)、軽度の声嗄、前かがみ姿勢、歩行困難(小幅緩慢歩行、方向転換困難)、突進現象、握力低下、筋強剛、筋肉痛

労災認定は、昭和五〇年一月一七日マンガン中毒症として労災認定。

(二) 原告宮路

昭和三八年頃から手指のふるえ、両足の痛みがあつたが、一時消失、昭和三九年はじめには、錐体路症状あり、下肢懸振性試験、アジアドコキネーゼ、筋強剛は何れも境界域、白血球数三七〇〇と少なく、ある時期から多汗、昭和四七年五月頃から手指のふるえ等が出てくる。

現在の症状は、筋肉痛、腰痛、手足のふるえ、緊張時書字困難、不眠、いらいら、四肢末端の触痛覚、多汗、嗅覚低下、歩行障害、性的能力減退

労災認定は、昭和五〇年九月マンガン中毒症として労災認定。

(三) 原告松太郎

昭和三一年頃後ずさりするときに両足がふるえるのに気がつき、以前は殆ど判らぬ位であつた吃音が激しくなり、早口では喋れず、大声も出せない。昭和三三年八月頃からマンガンの袋詰の重い袋をかかえようとして、よろけたり尻餅をつくことが度々おこつてきた。傾斜のある所を歩き難くなる。後方、側方突進する、手足がだるく力が入らなくなり、ふるえる。歯を磨く等の律動的運動の際スムーズにやれない。小字症、顔付が無表情となる。

医師の昭和三四年における初診時所見は、体格中等度、斗士型で姿勢は何となく硬くて不自然である。やや猫背の感があるが前屈位という程ではない。顔貌は殆ど無表情で瞬目運動は少い。膏顔はみられない。瞳孔に異常はなく輻輳反射も正常、眼球運動は総ての方向に可能であるが、水平方向に動くときは不円滑で歯車現象を思わせる。顔面神経支配は正常、上下肢の腱反射も正常、右上肢において非常に軽度の筋硬直を認めるが、背臥位では全く不明となる。伸展指に振顫を認めず、また、企画振顫もない。その他知覚異常、運動麻痺症状、病的反射等全くない。小脳性又は後索性運動失調症状はこれを認めない。歩行は緩徐で、全く、ぎこちなく、足の間隔は、広くひろげ、また足を高く上げられないので、小股でちよこちよこ歩き、所謂、鶏状歩行を思わせる。低い障害物にもよくつまずく、方向転換の際は、小さく足踏みをする様な形をとる、歩行時両腕は殆ど振らない、後方突進が著明で、左方への側方突進も見られる、後ずさりは転倒傾向のため殆ど不能である。坂を下るときよりは、上る方が難しいようにみえる、手指の微細運動は拙劣を極め、字を書かせると明らかに小字症を示す、マッチをすらせると、すでに火がついているにも拘らず、尚続けて二度位無駄すりを行う、拳を握らせたときの手の背屈は余りみられない、握力は右手一二、左手九、下肢の粗大力はほぼ保たれている、頭落下試験マイナス、言語は吃音著明、低声で抑揚に乏しく、甚だ解り難い、また、単語を反復する傾向がある。腹部所見は正常で、肝脾を触れない。動脈硬化、高血圧の所見はない。視野正常

そして主要症状は

(1) 共同運動障害

後方突進、側方突進、歩行異常、手指の微細運動拙劣、書字障害、仮面様顔貌、言語低声、単調、不明瞭、吃音

(2) 筋強剛(右腕に非常に軽度に認められる)

(3) 振顔なし

(4) 精神症状

精神緩徐

とし、考察として、一般に中毒性パルキンソニスムスには非定型的な症状を示すものが多いようであるが、マンガン中毒によるものは他のものに比較して神経系以外の障害に基づく症状が少く、パルキンソニスムスの基本症状をよく示すと言われているが、本症状は、パルキンソニスムスの主要症状のうち、必須と思われる筋強剛が殆ど著明ではなく、また、静止的振顫を全く認めないにも拘らず、共同運動障害が極めて高度であるという点で特異性があるとした後、最後にマンガン中毒は他のものに比し神経系以外の障害に基づく症状が小なく、パルキンソニスムスの基本症状をよく示すこと、症状の発現と進行が緩徐であるため、その経過が観察し易いこと、マンガン粉じんの吸収が避けられれば、残遺症状はそのまま停止性に存在し、悪化も改善もみられないこと等から、マンガンを扱う産業分野において組織的且つ精細な神経学的集団検診を行なうことが望ましいとしている。

現在の症状は概ね右と同じ。

労災認定は、昭和三四年マンガン中毒性パーキンソニズムとして労災認定された。この労災認定について、被告植田は、動機は別として申請手続に協力した。

(四) 原告ヤスエ

昭和四二年頃手足のしびれ、痛み、脱力感、下肢のむくみ、めまい

現在の症状は、手足の痛み、しびれ、脱力感、手指振せん、軽度の歩行書字障害、筋強剛、四肢の知覚異常、筋力低下、嗅覚低下

労災認定は、昭和五〇年九月一八日パーキンソン症状として労災認定

(原告らがいずれもマンガン中毒症として労働災害の認定を受けたことは当事者間に争いがない)

3  原告らのじん肺等

(一) 原告堀内

昭和四五年九月二六日のじん肺等健康診断の結果は、管理区分一、PR―0(意味や符号は健康診断表第一参照、以下同じ)、K―0、tb―0、基礎となるエックス線写真の像と型は粒状影正常であつた。昭和四六年五月六日及び六月一六日のじん肺健康診断の結果は、管理区分一、PR―1、F―0、K―1、tb―0、基礎となるエックス線写真の像と型は粒状影一型、分布と密度は密、粒状影の大きさP、呼吸器系所見は右肺呼吸音減弱、昭和四九年一二月二二日撮影の胸部エックス線写真ではじん肺症(二型)と活動性の結核が認められ、松浦医師は管理区分四と認定すべきものとしている。

(二) 原告宮路

昭和四五年九月二六日のじん肺等健康診断の結果は、管理区分一、PR―0、K―0、tb―0、基礎となるエックス線写真の像と型は粒状影は正常であつた。昭和四六年五月二〇日と同年六月一六日の同診断の結果は、管理区分一、PR―1、F―0、K―0、tb―0、基礎となるエックス線写真の像と型は粒状影一型、分布と密度は粗、粒状影の大きさPであつた。昭和四六年一一月二六日と同年一二月一八日の同診断の結果は、PR―1の疑、粒状影の大きさmとするほか、前のとおりであつた。昭和四八年七月二三日と同月三〇日の同診断の結果は、PR―1、基礎となるエックス線写真の像と型は粒状影、異常線状影とも各一型、粒状影の大きさPとするほか右記のとおりであつた。昭和四九年二月一二日の同診断の結果は管理区分一、PR―0、K―0、tb―0、基礎となるエックス線写真の像と型は粒状影正常であつた。(原告宮路については、じん肺の一部の症状が昭和四六年から昭和四八年にかけてエックス線写真上に見られたが、昭和四九年二月には見えない。)

(三) 原告松太郎

昭和五〇年一月二九日の胸部エックス線写真の結果ではじん肺症の所見が認められ、粒状影二型、異常線状影二型、分布密、粒状影の大きさPm、肺結核と合併し、重症の肺結核をひきおこした。松浦医師は管理区分四と認定すべきものとしている。

(四) 原告ヤスエ

昭和四九年一二月一三日の胸部エックス線写真の結果では、粒状影二型、異常線状影二型、分布密、粒状影の大きさP、右肺尖部結核(不活動性、陳旧性)、じん肺と肺結核である。

4本件事業所に雇用前、原告宮路以外の原告らはマンガン取扱業務に従事したことはなく、原告宮路は昭和三〇年頃から数年間、断続的にマンガン鉱採鉱の業務に従事し、原告森川ヤスエは昭和二〇年頃から社宅に居住し、多少、マンガン粉じんに暴露していたが、何れも少量で問題とならず、両名とも健康な状態で本件事業所に雇用された。原告松太郎は社宅に居住中に暴露したとしても問題とならない量であつた。

六以上認定の事実と弁論の全趣旨を総合すれば、原告らはいずれも、本件事業所内の工場、倉庫において作業中にマンガン粉じんに暴露しこれを吸収してマンガン中毒じん肺(原告宮路はじん肺は極く軽症)に罹患したことが認められる。右認定を覆すに足りる証拠はない。但し原告堀内については、〈証拠〉によると、同原告はボールミルに鉱石を投入する係をしており大きな音がしていたこと、昭和三九年か四〇年頃難聴となつたことが認められるが、騒音の程度は不明確でこれと難聴との因果関係を認めうる確証はなく、認め難い。

第三  被告植田

一〈証拠〉によれば、大正のころ、あるいは更に以前からマンガン粉じんを吸入ないし飲下することによつてマンガン中毒に罹患すること及び、マンガン製錬業は右疾病を誘因する業務であることが知られており、同じく古くから鉱物性粉じん(マンガン粉じんは鉱物性である)を吸入することによつてじん肺に罹患することが知られていることが認められ、右認定に反する証拠はない。

二〈証拠〉によれば、昭和二八年から本件事業所の従業員であった訴外人が昭和三七年マンガン中毒症に罹患したこと、大阪市立大学医学部付属病院医師生冨博の同年九月二一日付診断書には、診断名としてマンガンパーキンソニスムスの疑、所見として、顔貌無表情、声音単調で低く、且つ嗄声、四肢に筋強剛、粗大力低下、上肢に神経痛様疼痛、歩行障害及び後方突進症状が著明、小字症のため書字拙劣、精神的には精神緩徐あり、自発性欠亡とされていて、(かなり以前からその所見の何れかが出ていたことが推認できる)、そして同人が同年同症の労災認定を受けたこと、被告植田は、動機は別として右申請書手続に協力したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

三〈証拠〉によれば、被告植田はマンガン中毒、じん肺、について発病原因、症状等の認識が皆無といえるほど乏しいことが認められ、右認定に反する証拠はない。

四被告植田は、守口署の指導により措置を講じ、その結果を同署に報告し是認されており、原告ら従業員の労働安全衛生につとめてきたと主張し、右主張に一部副う〈証拠〉があるけれども、右認定のマンガン製錬業者でありながらマンガン中毒症等についての知識が皆無、粉じんを発生させる営業でありながら、じん肺についての知識の皆無の事実、〈証拠〉を総合すれば、粉じん発生、発生した粉じんをマスク等による吸入の防止の努力不足の事実、原告松太郎、訴外人のマンガン中毒による労災認定をその当時知つたこと、守口署から昭和三八年度特殊健康診断の結果として昭和三九年二月原告堀内、同宮路が「要精診」である旨の通知を受けながら、精密検査を受診させることもしていないこと、原告ヤスエを粉じんに暴露する業務に就業させながら特殊健康診断を受診させていないことが認められ、これからみて使用者として労働安全衛生に十分つとめてきたとは言い難い。またじん肺については右の発じん防止不十分の事実等からみて、右と同じである。

五以上の認定の諸事実を総合すれば、被告植田は原告松太郎がマンガン中毒に罹患する前から、マンガン中毒、じん肺の発症を予見すべく、少くとも発じん防止設備を完備し、防じんマスクの装着を完全にさせれば、マンガン中毒の発生を防止できたはずで、またマンガン中毒についての健康診断を十分行うことによつて、原告松太郎のマンガン中毒症罹患及び増悪を避けることは可能であつたと考えられるが、被告植田は原告松太郎発症まで右のような措置を十分とることなく、原告松太郎がマンガン中毒に罹患増悪したもので、原告堀内、同宮路が昭和三八年特殊健康診断の結果「要精診」と判定されるまで、既に本件事業所で二名の中毒症患者が発生しているのであるから、被告植田としては、当然右両原告に対し精密検査を受診させて、早期発見に努めるべきであると考えられるのに何の方策も講じず放置して、右両原告をマンガン中毒に罹患増悪させたもので、原告ヤスエがマンガン粉じんに暴露していることを知りながら、何ら合理的な理由なく右原告に対しマンガン中毒についての特殊健康診断を受診させておらず、罹患、増悪させたのである。また、じん肺についても、被告植田の発じん防止の不足、マスク装着の不徹底により罹患させたものである。よつて被告植田に帰責事由がなかつたものと認めることはできない。従つて、被告植田は原告らに対し安全衛生配慮義務違反による債務不履行責任を免れない。但し、社宅については(仮に雇用契約上の右の義務が及ぶとしても)右の理由により債務不履行不法行為責任は認められない。

第四  被告植田の「被告らの抗弁」2項等について

一1「被告らの抗弁」2項の主張が時期に遅れたる攻撃防禦方法とは当裁判所に解せられず採用できない。

2マンガン中毒については、前記認定のとおり、原告松太郎は昭和三四年マンガン中毒性パーキンソニズムとして労災認定を受けているのであるから、このころから権利を行使することを得たものと言うべきであり、また、不法行為が認められるとしても、右の事実のほか〈証拠〉によると、原告松太郎は被告植田の行為が違法であり、これによる損害の発生を知つたものと認められ、前記認定のとおりマンガン中毒について症状は当時固定し、その後は、老化現象以上には症状の変化がみられないので一〇年又は三年の経過により時効消滅したものと言うべきである。

二1次に時効の利益の放棄について考えるに、〈証拠〉を総合すれば、被告植田は原告松太郎に対し、昭和五〇年四月一三日、補償交渉に応じる旨意思表示していることが認められるが、これをもつて直ちに、被告植田は右同日原告松太郎に対し、時効の完成を知つて時効の利益を放棄したものとみることは困難で、他にこれを認めるに足る証拠はない。

2「「被告らの抗弁」2項の主張につき、加害者ではあつても、被告植田が、本件において右の主張をすることが信義に反し権利濫用であることは認め難い。

第五  被告国

一1原告らはその主張6(一)に記載のように旧法五四条、五五条、一一章の規定又はその趣旨による被告国の監督機関の義務を主張するところ、右の規定は原告ら主張の義務を規定するものではなく、その趣旨からみても、原告ら主張の義務を認め難い。

2原告らの主張6(二)(三)につき、憲法二五条、二七条、旧法一条、一三条等から被告国の監督機関の旧法上の行政措置、行政指導の義務を認ることはできず、また旧法上の監督機関の権限の行使は自由裁量である。

二1被告国の主張6(一)(1)(2)につき、臨検等が監督機関の義務でないことは右に説示したところである。

2被告国の監督機関は、旧法上、多くの権限を有するところ労働衛生行政における所謂行政指導は、行政客体の任意の協力をえて強権発動から生ずる諸々のマイナスを避けて行政目的を達しようとするものであるが、右権限を背景に持つてなされる場合は法令の根拠によるものということができる。

3被告国は、旧法特に労働安全衛生を目的とする行政措置は、労働災害を未然に防止するため使用者に対する取締を目的とし、労働者個々人の身体健康の保護を直接の目的とするものではなく、反射的利益を与えているにすぎないからその侵害は違法でない旨を主張するところ、旧法の労働衛生関係の執行により労働者が受ける利益は所謂反射的利益ではあるが、状況次第では違法に侵害されたものとして損害賠償義務が発生することがありうる。

4原告ら主張の被告国の監督機関の長期間の多くの義務とその不行使につき、旧法及び労働安全衛生法において監督機関に権限が与えられているが、その行使不行使は裁量事項であつて、一般的に、違法の問題は生じない。

然し、行使の場合よりも更に慎重さが要求されるにせよ、不行使の場合においても裁量の範囲を著るしく逸脱し、著るしく合理性を欠くと言えるような特殊な場合に、不行使を続けると不作為の違法として問責されるであろう。

但し、旧法上このような場合でも、事業者は、監督機関の監督を受けるまでもなく、少なくとも自己の事業に関する法令の規定を熟知して事業をなすべきものであつて、事業者は第一の、そして究極の責任者であり、国は二次的、補足的責任を負うにすぎない。

右の趣旨における特殊な場合を完璧に定めることは殆ど不可能と考えるが、概ね左記の各事項を充足することを要し、その余の事項は状況次第であると解する。

甲事項 人間の生命、身体に対する危険が切迫していること。

乙事項 監督機関において右の危険の切迫を知つているか、又は容易に知りうる場合であること。

丙事項 監督機関においてその権限を行使すれば容易にその結果の発生を防止することができる関係にあり監督機関が権限を行使しなければ結果の発生を防止しえないという関係にあること。

丁事項 被害者―結果の発生を前提―として監督権限の行使を要請し、期待することが当時において、社会的に、容認される場合であること。

三原告らの主張は、長期間の多くの事項にわたるところ、この間、被告国の監督機関と被告植田は或る程度のことを行つており、これとの関連において検討すべきものであるから、両者が行つたこととこれに関連する事項を検討することにする。

1前記第一、第二において認定の事実、〈証拠〉を総合すると次の事実を認めることができ、この認定に反する〈証拠〉は、その他の証拠に比して採用し難く他にこの認定を左右しうる証拠はない。

(一) 労働省は、毎年、都道府県労働基準局長宛に労働基準行政の運営方針を示し、大阪局長はこれに則り管内労働基準監督署長に運営方針を示し、守口署長は管内の特殊事情を考慮して監督実施計画を立てる。

監督機関の行う行政の範囲は、一般労働条件の確保、労働災害の防止等多岐に亘り、経済の発展とともに事業場が増加し、その取扱分野も広まり、労働監督行政の需要は拡大する一方であり、監督官一人当りの事業場数は、これを守口署についてみると左のとおりである。

適用事業場数  監督官数(含署長) 一人当りの事業場数

昭和三七年 三四七七  三   一一五九

昭和四五年 一〇〇四三  五   二〇〇八

昭和五〇年 一九三六三  七   二七六六

かかる監督機関の体制をもつて行政の需要に応じるためには社会的要請等を考慮して要急分野を重点的効率的に取扱うほかはない。昭和二〇年代の監督行政の重点は労働基準法の周知普及であり、昭和三〇年代前半は、一般労働条件特に繊維産業等における女子、年少者の時間外、深夜労働等の取締りであり、労働衛生面では結核対策と職業病対策であり、昭和三〇年代後半から昭和四〇年代前半にかけては一般労働条件の確保と労働安全対策であつた。

監督指導の基本方針は、昭和三一年ころまでは、違反の実態と原因の把握、納得と協力をもつて基本方針とし、その後は法の厳正な運営を加えて両者相まつて行うこととされた。

(二) 労働衛生行政については、国の諸々の力を基礎とするが、多分に科学技術を背景とした行政であり、科学技術の進展に待つところが多く、有害性の基準又は防禦装置の技術をとつても同様である。即ち、その当時のそのようなものの制約を受ける。

(三) 守口労基官は、昭和二五、六年頃から、本件事業所へ立入検査をしていたが、当時は測定機もなく、視認して、フレットミル周辺の粉じんが多いから減らすように注意して指導したり、その後、機械設備を徐々に改善するように指導していた。

(四) 労働省労働基準局長は、昭和三一年五月一八日基発第三〇八号をもつて都道府県労働基準局長に対し特殊健康診断指導指針(甲第三三号証)てして昭和三二年三月末日までに左記事項の調査とその結果の報告を求めた。

(1) 報告事項、衛生上有害業務別受診労働者数とその実施検査項目別異常所見者数と使用者の意見

(2) 一六種類の検査対象業務のうち3番目はじん肺を起こすおそれのある粉じん発散場所における業務

検査項目

胸部の変化

検査方法

X線直接撮影

(3)一六種類の検査対象業務のうち8番目はマンガン鉱粉砕作業

検査項目

四肢特に手指の振せん、書症、突進症等、握力、背筋力の障害

検査方法

視診、スメットレ式握力計を用いる方法、KY式背筋力計を用いる方法

(4) 検査方法は別添資料を参照すること

(五) 労働省労働基準局長は有害業務について定期健康診断の実施、マスク等の保護具の着用、作業環境改善の自主的効果的実施の指導を指示した。守口署はこれを受けて指導した。(本件事業所についても指導されたものと推認する。)

(六) 守口署は右(四)の命を受けて調査し、右期日までに調査事項を回答した。(本件事業所についても調査され、指導されたものと推認する。)

(七) 昭和三四、五年ころ発表されたものと推認される大阪市立大学医学部医師の「特異なるマンガン中毒の一例」と題する医学論文は、緒言中に、マンガンは生理的にも動植物組織に存在し、生体にとつて、ある種の役割を演じているものと思われる。人が食物と共に摂取するマンガン量は一日約一〇mgという(フエアホールとニール)、然しマンガンの大量が急速に体内に入り、或は微量でも持続的に吸収されることになれば神経学的に非常に興味ある症状を惹き起こしてくる。特に後者の場合は産業衛生上重大な意義を有するとし、原告松太郎のマンガン中毒治療とマンガン中毒症一般等について説明するとともに最後に、考察として「……以上の事からマンガンを扱う産業分野において、組織的且つ精細な神経学的集団検診を行うことが望ましいと考えられる」と結んでいる。尚、マンガン中毒症状は、酒精中毒、梅毒、CO中毒、頭部外傷等においても見られる。

(八) 昭和三四年三月三日労働環境測定に基づく指導等、大阪労基局(大阪局)らは、粉じんに関する労働環境測定を各事業所に対して行つてきたが、この頃から守口署の本件事業所に対する立入検査が頻回になつてきた。大阪局は昭和三四年三月三日本件事業所に対し、労働環境測定を実施した。その結果によると、最も粉じんの発生する場所と見られる粉砕機附近の粉砕作業者の鼻の位置において、インピンジャーによる採取方法の測定濃度は、囲い扉を閉めたときで金属マンガン量三六mg/m2、囲い扉を開放したときで金属マンガン量八四mg/m2である。そして抑制目標濃度値は六mg/m2(これら三六、八四、六という数値は二酸化マンガン量を金属マンガンとして換算したもの)であつた。そこで守口署は本件事業所に対し、衛生設備の不備を指摘し、粉砕機の囲いを完全にして粉じん漏洩を防止することを指導し、そのころ従業員にマスクを着用させるべきことを指導した。右の指導の結果、本件事業所は、その後、ボールミルについてはタンクの上部に濾過布の筒を二八本、収じん室に一〇数本を設けて、粉じんの漏洩を防止し、普通マスクを購入して、従業員に装着させるようにしたが、監督機関の調査時はともかく本件事業所側にも従業員側にもマンガンに対する危険思想が少いため、殆ど着用しない者もあり(原告堀内 森川ヤスエ)着用する者でも着用したりしなかつたりであつた。但し、本件事業所が用意したマスクは、以下の分を含め、すべて、労働衛生保護具検定規則(昭和二五年労働省令第三二号)二条一項の規定に基づく昭和三〇年労働省告示第一号、昭和三七年五月三〇日労働省告示第二六号等による規格品(検定合格品)ではなかつた。

(九) じん肺健康診断の実施

じん肺法(昭和三五年四月一日施行)八条は、常時、粉じん作業に従事する労働者に対し、定期的にじん肺健康診断を行うことを使用者に義務づけている。このため大阪局ではじん肺健康診断実施要領を定め、各監督署を通じ関係事業所に対し、右実施を指示した。本件事業所の従業員は、守口署の指導の下に、昭和三五年一二月か昭和三六年一月に四条畷工業会において、じん肺集団健康診断を受けたところ、受診者六名は全員正常と診断された。(原告宮路については別紙健康診断実施結果の昭和三六年一月一八日の部分)

(一〇) 大阪局は、昭和三七年九月頃、本件事業所の従業員の訴外人一名のパーキンソン症状発生の報告を受けたので、同年一〇月二三日、本件事業所外二社のマンガン製錬工場に臨検し、実態調査を実施した。その結果、本件事業所の従業員は何とかマスクを着用していたが、防じん対策は、設備作業方法について、不十分であり、秤量、袋詰、運搬は防じん装置もなく、マンガン製錬事業所の特殊健康診断も実施していなかつたので、守口署は本件事業所に対し、粉じん防止に努力し、マンガンの毒性教育、マスクの厳重な着用、マンガン中毒特殊健康診断を実施するよう指導した。尚、守口署は同年一二月一五日訴外人に対しマンガン中毒症による労災の認定をした。

測定場所

フレット

ミル

ポールミル

(大)

ボールミル

(小)

第一

ローラーミル

取出口

第二

ローラーミル

取出口

紛砕

機給

鉱口

粉じん数1/c.c.

四八〇

一〇二〇

七一〇

八八〇

九六〇

大きさ

(粉じんの直径)

ミクロン

~0.5

八〇

九三

九七

五〇

九九

九一

0.5~1

二〇

二八

1~1.5

二〇

1.5~2

粉じん量mg/m3

26.2

31.3

21.3

25.0

10.0

マンガン量mg/m3

4.2

17.1

8.4

14.4

2.3

備考

珪酸

マンガン

二酸化

マンガン

備考 右測定時間は、フレットミルは午前一一時一八分から三八分まで、

ボールミル(大)は午前一一時四二分から午後〇時二分まで、

ボールミル(小)は午後一三時一三分から三三分までである。

何れもインピンジャーにより資料採取。気中マンガン恕限量は五mg/立方メートルであるとされている。

(一一) 労働省は、昭和三七年にひきつづき、昭和三八年四月五日付第三八八号をもつて昭和三八年度労働衛生特別実態調査をした。これらは労働衛生行政を推進するための資料とすることを目的とし、各都道府県労基局において、各地方における職業病を中心とした労働衛生上の諸問題を調査事項に選定し、それについての実態調査を行うものである。大阪局では、大阪府下において何名かのマンガン中毒患者の発症例があつたことに鑑み、マンガン及びその化合物を取り扱う事業場を調査対象とすることにした。守口署ではマンガン製錬所として本件事業所外三事業所を選定し、昭和三八年一二月から昭和三九年二月にかけて、これら従業員の健康状態、作業工程の衛生管理状態について調査した。その調査結果は、左のとおりである。

(1) 本件事業所の発じん状況等は〈編注・左表へつづく〉

本件事業所の発じん抑制状況は、原鉱石の運搬、特に粉砕機前への集積、粉砕機への投入についての発じん抑制措置は採られていなかつた。

(2) 本件事業所外三事業所のマンガン鉱を取り扱う労働者一三四名の健康状態は、大阪局の依頼により大阪市立大学医学部で行つた神経学的診断、及び血液、尿所見の調査は左のとおり(上部の表)〈編注・左表〉であつた。

神経学的

異常所見者

OB

b

a

OB

39人

8人

3人

A

56人

12人

B

13人

2人

1人

血液、尿

異常所見者

本件事業所の同上表

〈編注・右表〉

OB

b

a

OB

1人

2人

1人

A

6人

1人

B

1人

右は大阪市立大学医学部精神神経科による神経学的診断(−、±、+の方法)と同部公衆衛生学教室による血液、尿検査の結果(数字と−、±、+の方法)を基礎に大阪労働基準局で作成したものである。符号OBは異常なし、符号ABは血液、尿の異常所見者でありBはAより高度の所見者であるが、検査事項のどの点が異常かは不明である。符号abは神経学的異常所見者であり、aはbより高度であるがabの全部は±即ち境界域として精密診断を要するとされる者を精密診断をすることなく直ちに異常者に含めていることに一応留意の要がある。尚、神経学的所見と血液尿所見とは一致しないし、血液、尿中のマンガン定量は当時の比色法では一〇〇γ程度の精度であるので検知できない。

(3) そして本件事業所労働者についても他と同じく神経学的診断(別紙検査結果の握力より左側)と血液、尿検査(同全血比重より右側)がなされ一二名が受診した(前掲下側の表のとおり)。その検査項目、検査結果は別紙検査結果表と前記下部の表のとおりであり、血液、尿所見につき別紙特殊健康診断判定基準によつた。

そして一名(ネ氏)は神経学的診断と血液尿所見とも異常なし、六名(ウシ、ウ、ミ、ウマ、サル、トリ、の各氏)は前者につき異常なく、後者につき下記カツコ内に記載するほか異常なしとされた。(ウシ氏は白血球数四五〇〇のため、ウ氏はウロビリノーゲン+のため、ミ氏は白血球数四七〇〇と全血比重五四のため、ウマ氏はウロビリノーゲン+のため、サル氏(自覚として訴える症状からみて女性と認める)は赤血球数四二七のため、トリ氏は白血球数三七〇〇と全血比重54.5のため、右判定基準によりAとされた。)

次に神経学的診断につき少くとも下肢懸振性試験の結果±(符号±は境界域と解する。)の者五名(原告宮路、原告堀内、トラ、タツ、ヒツジの各氏)を精密診断を要するものとし、うち原告宮路については筋強剛、アヂアドコキネーゼ各±、錐体路症状+のため、原告堀内については後突+、鶏状歩行±のため何らかの判定基準によりaとされ、トラ氏、タツ氏、ヒツジ氏は何らかの判定基準によりbとされ、血液、尿検査につき下記カッコ内に記載するほか異常なしとされた。(原告宮路は白血球数三七〇〇のため特殊健康診断判定基準によりBとされ、トラ氏は赤血球数四四三のため、ウ氏はウロビリノーゲン+のため特殊健康診断判定基準によりAとされた)

(4) 大阪局長は、昭和三九年二月一七日右の調査結果につき各事業所関係部分、特殊健康診断判定基準を、左記(イ)ない(ヘ)に記載の各留意事項と共に各事業主に通知し、マンガン中毒予防に努力するよう指導した。

留意事項

(イ) 作業工程における発じん個所、発じん状況を確実に把握し、作業方法の改善及び発じんの抑制措置を研究し、その措置を確実に実施すること、

(ロ) 少くとも労働省において勧奨している特殊健康診断指導指針に基づく健康診断(前記(四)がその内容で甲第三三号証)を年一回実施し、労働者の健康状態の把握及びその推移を観察して衛生管理に努めること、血液、尿所見と神経学的所見とは必ずしも一致しないようであるから、出来れば双方の検診を実施することが望ましい。

(ハ) バックフィルター、サイクロンの集じん装置設置の事業場においても多量のマンガン粉じんの発散が見られるので新検定合格の一級防じんマスクを整備し、その着用の励行をはかること、

(ニ) 収じん装置設置の事業場にあつては装置の実検整備を定期的に行い、最も効果的な運転を行うこと、

(ホ) 労働者に対しマンガン中毒ならびにその予防法についての衛生教育を実施し、労働者と使用者の不安を除き、且つ使用者の行う中毒防止対策に積極的に参加させること、

(ヘ) 職場の清掃にあたつては、電気クリーナーの活用、或いは清掃の湿式化をはかり、清掃時の発じんを出来るだけ抑制する措置をとること、

以上であつて、これを結んで、粉じん測定、労働者の健康状態の把握、発じん抑制、マスクの整備着用の励行、衛生教育という一貫した職業病対策の推進の必要を説いている。

本件事業所はこの前頃から防じんマスクを購入して着用させるようにしたが、従業員の中には着用する者もしない者もあり、する者でもしたりしなかつたりであつたが、これ以外の点では、本件事業所は発じん個所、発じん状況の把握、粉じん測定、マンガン特殊健康診断、新検定合格の一級防じんマスクの整備、着用の励行、マンガン中毒の衛生教育、職場の清掃時の電気クリーナーの活用等をせず、原告堀内、原告宮路らに右の結果(要精診等)を知らせなかつたし、大阪局、守口署等も履行状況を調査したり、再指導をしなかつた。

(一二) 昭和四二年度衛生管理特別指導

大阪局は粉じんを含め有害物を取り扱う事業場について、衛生管理の向上をはかるため、特定の事業場を対象事業場として指定し、衛生管理に関する特別指導を実効のある強力な指導監督として行うこととし、左のように守口署に通知した。

指導期間

昭和四二年四月から五月

事業場選定と指定

昭和四二年五月から七月

当初監督と指導

昭和四二年一〇月から一一月

中間指導

昭和四三年二月から三月

最終監督指導と効果把握

指導の重点

法令並びに特殊健康診断指導指針による職業病健康診断の実施とその事後措置

環境改善に関する技術的事項

その他

指導の進め方

局指定

五月から七月の間において局署合同で監督指導を実施し違反事項と指導事項を把握する。

違反事項、指導事項について是正勧告書並びに指導票を交付する。(司法処理基準、使用停止等処理基準に該当する事案があれば処理する。)

当初監督指導を実施した後、一か月以内に事業主から是正改善計画書を署へ二部提出させて、署において違反事項、指導事項の改善計画洩れの有無を検討し一部を局へ送付する。

昭和四二年一〇月から一一月の間に改善計画の進捗状態の把握並びに改善にあたつての問題等の指導を行う。

昭和四三年二月から三月の間に最終監督(再監督)並びに効果の把握を行う。

その他指導期間を通じて各事業場の改善にあたつての相談に応じ指導を行う。

署指定

局指定に準じて署独自で行うが署において実施不能で局において実施可能な測定その他改善事項の技術的な事案については局も援助する。

結果報告

局指定 最終監督指導にもとづき、局で作成し署へ通知する。

署指定 別紙様式3により昭和四三年四月末日までに局へ報告する。

というものであり守口署はこれを受けて本件事業所を特に対象事業所に指定して労働衛生特別指導を二回実施した。その結果、本件事業所は、昭和四三年五月一三日守口署に対し、改善指示事項に対する改善計画として次の(1)ないし(6)記載の改善計画を報告した。

(1) 従来実施している年二回の健康診断(エックス線大型撮影)のうち一回をマンガン特殊健康診断に切り替え、労災指定病院の大東市立市民病院で実施することを交渉中である。

(2) ボールミル、フレットミルの製品(粉末)取出口の粉じんの漏洩はサイクロンに送る排風機を利用し、取出口の袋(製品を入れる袋でサイクロンの下部取出口に差し込んである)に細いパイプを突込み袋中の空気を吸取ることによつて漏じんを防止する。(完成は五月二〇日)

(3) フレットミルの囲いからの粉じんの漏洩は、既存の囲いの老朽により接ぎ目、合わせ目に間隙が生じ、そこから出るものであつて、これを封ずることによつて防止できる。囲内の粉じんは五馬力のファンで集じんしている。五月一五日までに補修を完了する。

(4) 小型ボールミル、小型クラッシャーのベルトのむき出しは五月二〇日までに被覆を完了する。

(5) 大型クラッシャーへの電力線の架設完了。

(6) 騒音対策

然しながら本件事業所は、十分な粉じん防止方法をとらなかつたし、マンガン特殊健康診断(定期健康診断は規定どおり行つていた)も実施しなかつた。守口署は再調査をして履行の確認をしなかつた。

(一三) 昭和四五年九月二五日有害物質取扱事業所に対する一斉監督指導の実施

昭和四五年度全国労働衛生週間準備月間に有害物質取扱事業場に対する一斉監督指導が実施されたが、この一環として守口署は昭和四五年九月二五日本件事業所に臨み、製錬工程、発じん状況について調査したところ、局所排気装置は十分ではなかつたが何個か設けられていて、湿式除じん装置も設置され(同年末頃)、防じんマスク(前記新検定合格の一級防じんマスクではない。)の使用状況は認められ、一般定期健康診断、じん肺健康診断が実施されていたが、マンガン特殊健康診断が行われていなかつたのでその検査項目を示して受診を指導した。

(一四) 昭和四六年九月一〇日特定化学物質等取扱事業所に対する一斉監督指導に基づく作業環境測定(特定化学物質等障害予防規則(特化則という)は昭和四六年四月二八日制定、同年五月一日施行、全面施行は昭和四七年五月一日)

労働省は右特化則の適正な実施をはかるため、特定化学物質取扱事業所に対する一斉監督指導を行うこととし、これにより大阪局衛生課と守口署は、合同して、昭和四六年九月一〇日本件事業所に臨み、工場内のマンガン粉じんの気中濃度の測定、粉じん抑制装置の点検、特殊健康診断の関係書類の点検等をした。この結果、工場内の総粉じん、マンガン粉じんの各気中濃度は次のとおりであつた。

総粉じん気中濃度mg/m3  うちマンガン粉じん気中濃度mg/m3

① 1.8408 0.1942

② 0.8859 0.1261

そして右の数値は、昭和四六年四月二八日労働省告示第二七号の五mg/m3(局所排気装置の規制最高濃度で昭和四七年五月一日から適用)よりはるかに低かつた。

粉じん抑制装置については特化則四条に定めるマンガン粉じん発散源における局所排出装置が何個か設けられており、特化則八条に定めるマンガン粉じんを含有する気体排出における除じん装置が何個か設けられていた。

特殊健康診断(特化則三五条)については、守口署監督官が本件事業所の事務員にきいてみると有害業務従事者一五名で全員受診し、有所見者なしとのことであつた。

守口署監督官は、その際、特化則二九条に定める六か月ごとの作業所におけるマンガン気中濃度の測定を指導し、同年一一月一〇日までに改善状況の報告をもとめた。

右の粉じん抑制装置の点検はずさんであり、その点は後記(一五)において指摘されることになる。

(一五) 昭和四八年三月一六日大阪局労働衛生課と守口署の監督指導

昭和四八年二月頃、本件事業所の附近住民が守口署に対して監督の強化を求めたり、本件事業所のマンガン公害問題が新聞紙上に報導される等したため、大阪局労働衛生課と守口署は合同して本件事業所に臨検して左記違反事項を指摘し、是正をもとめた。違反法条、違反事項、是正すべき期日、本件事業所の是正と報告は左のとおりである。

(1) 労働安全衛生法二二条、特化則四条、

ベルトコンベアにマンガンを投入する個所及び袋詰の場所に局所排気装置を設けていなかつた。是正期日は昭和四八年五月三一日、

(2) 同法二二条、特化則三六条、

マンガンを扱う屋内作業所において六か月以内に一回の空気中のマンガンの測定を実施していなかつたこと。是正期日は前同日、

(3) 同法二二条、特化則三七条、

マンガン作業者の休憩室に次の(イ)(ロ)(ハ)の措置を講じていなかつたこと。是正期日は同年四月三〇日、

(イ) 入口に水を流し、又は十分に湿めらせたマットを置く等労働者の足部に付着した物を除去するための設備

(ロ) 入口に衣服用ブラシの備付

(ハ) 床は真空掃除機を使用して、又は水洗によつて容易に掃除できる構造

(4) 同法二二条、特化則三九条、

マンガン業務に従事させる労働者に、六か月以内毎に一回の特化則による健康診断を実施していなかつたこと。是正期日は同年五月三一日、

(5) 同法及び特化則違反にならない分、

クラッシャー、フレットミル、ボールミルに設備してあるバックフィルターについて一年毎の定期自主検査を実施していなかつたので、これを行うこと、補修したときはその内容を報告すること、改善状況報告期日は同年四月三〇日まで。

その結果本件事業所は

(6) 前記(1)につき、是正勧告どおり昭和四八年六月二六日、左記(イ)ないし(ヘ)記載のとおり是正し写真を付してその内容を報告し、守口署の確認を得た。

(イ) 西ボールミル(五〇馬力)の投入口

(ロ) 西ボールミル(五〇馬力)の袋詰か所

(ハ) フレットミルの投入口と取出口(既設ずみ)

(ニ) 東ボールミル(三〇馬力)の投入口は直投入でボールミルからの吸引で飛散せず

(ホ) 東ボールミル(三〇馬力)の取出口から集じんしたものは、同ミル囲上に一馬力のファンを設置

(ヘ) ロータリキルンのコンベアベルトからの投入口及び出口からの粉じんは湿式集じん機を設置(既設)あり。

(7) 前記(2)につき社団法人関西労働衛生技術センターに気中マンガン量測定を依頼し、同センターは同年六月一日実施して本件事業所に報告した。測定数値は左記のとおりである。(何れも作業中)

位置 インピンジャー法 グラスファイバー法(mg/m3)

西ボールミル投入口 0.055 0.078

〃 取出口 0.095 0.119

フレットミル取出口 0.124 0.132

〃 投入口 0.225 0.255

東ボールミル取出口 0.502 0.408

(8) 前記(3)につき、昭和四八年五月八日指導のとおり是正しその旨を守口署に報告した。

(9) 前記(4)につき、昭和四八年五月八日、日本労働協会関西支部に依頼して同月中にすること、毎年五月一一月に実施することを報告した。

(一六) 昭和四九年一月一七日環境測定、健康診断の指導

守口署は、本件事業所に対し、昭和四九年一月一七日、特化則に基づく環境測定と健康診断の実施を指導した。昭和四九年一月二九日本件事業所から、環境測定は同年二月一五日関西労働衛生技術センターにより、健康診断は同年二月二三日全日本福祉協会関西支部により実施予定である旨の報告を受け、その後、実施結果として、健康診断は受診者一四名全員(原告らが含まれているか否か不明)異常なし、環境測定は作業場の気中のマンガン量はフレットミル取出口外六か所が0.013ないし0.161mg/m3であるとの報告を受けた。

(一七) 昭和四九年一〇月一八日環境測定、健康診断の報告

守口署は、同年一〇月一八日本件事業所から同年八月三一日住友病院で特殊健康診断を実施したところ受診者一二名(原告らが含まれているか否か不明)全員異常なしと診断され、同年九月五日関西労働福祉センターにより気中マンガン量の測定をしたところ、フレットミル取出口外四か所の気中マンガン量は、0.032ないし0.606mg/m3であるとの報告を受けた。

(一八) 本件事業所に関する健康診断の整理

別紙健康診断表第一のとおり(左側の番号の分は前記認定の分を再記した)実施した。じん肺と結核関係については自己の意思によつて欠席した者を除きほぼ法令の規定のように実施され、その結果関係は原告ら(原告松太郎を除く)に知らされた。尤も原告森川ヤスエは特殊健康診断(マンガン、じん肺)を受診しなかつたし、被告植田も強いて受診させなかつた。

(一九) 気中のマンガン濃度の抑制目標数値

大阪労働基準局労働衛生課の昭和三四年三月三日付労働環境測定調書には気中マンガン量(金属マンガン、Mn)抑制目標濃度として六mg/mm3と記載されており、二酸化マンガン(MnO2)から酸素(O2)を取り去つて計算したことが示されている。(原子量はMnは五五、O2は三二)

同局の昭和三九年三月付の昭和三八年度労働環境測定調書にはマンガン恕限量五mg/m3と記載されている。(金属マンガンの意味である)

昭和四六年四月二八日労働省告示第二七号によると特化則(昭和四六年労働省令第一一号)第六条二項の規定(局所排気装置の要件)に基づき労働大臣が定める値を五mg/m3と定めている。(昭和四七年五月一日から適用)

昭和三四、五年頃発表の大阪市立大医学部医師の「特異なるマンガン中毒の一例」と題する医学論文は気中マンガン粉じん恕限量を六mg/m3とするがその根拠を示していない。

右のようなことから見て、労働省は、部内的に、昭和三四年又はその以前には気中マンガン量抑制目標濃度として六mg/m3と定め、昭和三八年又はその以前には気中マンガン恕限量五mg/m3と定めて何らかの形で外部へも出していたものである。

(二〇) 守口署は、昭和四八年に新築のため、一時、仮庁舎へ移転したが、その頃、古い書類を紛失又は焼却した。

(二一) 被告植田は、その祖父の頃からマンガン製錬業をしており、被告植田は小学校五、六年の昭和二、三年頃から父のマンガン製錬業を手伝い、旧制中学卒業後も同様で、終戦後は自己の営業として行い、三代にわたりマンガン一筋と言えるほど長く営業してきたのである。尤も、被告植田は昭和二六年頃からは信頼する長谷川良一を本件事業所の工場長として、かなりのことを委せているが、それでも経営者として指図していた。本件事業所は小さな町工場で被告植田の個人企業としてその意思によつて影響を受けていた。

守口署等の被告国の監督機関は、長谷川工場長と接して同人を指導したり、同人を通じて被告植田を指導したりしていた。

被告植田は、古くから一貫して、マンガンは危険物ではなく薬であると信じていてマンガン中毒の危険性を否定して従業員にもそのように教え、ある経験から昭和二六年以降ある種の信仰に凝つていて原告らの発病はマンガン中毒ではなく被告植田のいう憑依現象であつて信仰によつて取り除けると信じている。被告植田は、原告松太郎と訴外人の発病時に労災設定に協力したが、病名がマンガン中毒であることを否定しており、当時、原告ヤスエから、医師から診断されたとして夫の原告松太郎の病名を告げられた際にも同じ態度をとつている。本訴において原告ら代理人から攻撃を受けても原告らの症状は他の原因による他の病気が出てきたと述べる。

被告植田が、昭和四八年に設備を本格的に改善したのは、その前からの支援団体を含む住民の強い圧力、大阪府と守口署の強い指導による。指導は相手方の任意の協力を要するもので、守口署、大阪局だけの指導では被告植田は書面や口頭ではともかく、指導の本旨に副うように履行させることは容易なことではなく―本件においてここが難しいところであることは否定できない―また長期間を要する。

然し、旧制中学も卒業している被告植田であり、良識も具えており、守口署等の指導もある程度は履行しており、工場長も居るから、本件事業所に対する過去の違反事項、指導経過、反応等を知らずに、その時その時で適当に指導したり本件事業所やマンガン中毒についての予備知識のない監督官が指導すればともかくとして、守口署等として本件事業所の過去を把握し、これをふまえ、その記録を示して状況に応じる指導をし、きかなければ使用停止処分等をすれば、ある時点において従つたものと認められる。これに要する費用は、被告植田として不可能なほど高額とは考え難い。

四以上に認定した事実から次のように認めることができる。

1  マンガン中毒

(一)甲事項

危険も、差し迫つた危険も、マンガンの毒性が他の重金属に比較して低く、マンガン中毒の発現と進行の緩慢なことを前提としなければならず、然も、暴露から発症までの期間において、「一五日という報告」「普通は二、三か月から二年以内位」とは異なる長期間を要している本件事業所について判断するのであるから、危険はともかく、「差し迫つた危険」「危険の切迫」とかが、そもそも、ありうるのか否かが問題であるが、発症者が出たり、出かかつたりしているので、危険は、昭和二七、八年頃から昭和四六年八月頃まで、発じん機械附近において、マンガン紛じん気中濃度の上下とともに断続的に存在したものと認められ、差し迫つた危険は、昭和二七、八年頃から昭和三三年頃まで、昭和三七年、昭和四二年を各中心とする前後数年間であると認めるのが相当と考える。

(二)乙事項

(1)  旧法五五条、一〇三条の「衛生に関し定められた基準」同法四五条の「講ずべき措置の基準」は旧労安則の衛生基準において、一七三条に「場内空気のその含有濃度が有害な程度にならないように」と抽象的に定められていて、マンガン及びその化合物の気中濃度について昭和四七年四月まで前記三―(一九)に認定の程度のものしか設けられていなかつた。

(2)  原告らのマンガン中毒は、微量の持続的吸収であり、発症に長時間を要しているところ、当時において、マンガン中毒の未完成時とか初期における発見は、その方の医師ですら難問であり、昭和四六年五月六日頃、同年一一月一二日頃、昭和四八年七月二八日頃のマンガン中毒特殊健康診断においてすら、原告宮路、同堀内(原告堀内は昭和四六年五月六日のみ)の両名を正常と判定している医師もあるぐらいである。

とともに一方には

(3)  マンガン製錬業の労働者には、マンガン中毒の発生が見られることは古くから知られており、原告松太郎の昭和三三年のマンガン中毒発症と昭和三四年一二月の労災認定、昭和三四年三月三日の労働環境測定の結果と指導(前記三―(八)の事実)、訴外人の昭和三七年のマンガン中毒発症と同年一二月一二日の労災認定という事実があつたが、かなり長い間隔の各単発の罹患であつたところ、昭和三八年から昭和三九年二月の労働衛生特別実態調査とその結果(前記三―(二)の事実)という事実があつた。

(4)  このようなことからみて、被告国の監督機関は、マンガン中毒の或る程度の基礎知識を前提としたとき―その程度の基礎知識は必要である―昭和三九年二月の時点において、マンガン中毒につき生命、身体、健康に対する差し迫つた危険の切迫を知つたか、容易に知りうる情況に至つたものと認めるのが相当である。その以前には、そのように認めることは困難である。よつて原告ら主張のマンガン中毒の不作為の違法の点は右以前には認め難い。そこでその後の主張を検討する。

2  じん肺

(一)甲事項

前記認定の、じん肺における粉じん吸入から、胸部エックス線写真上のじん肺陰影発生までの期間、別表健康診断表第一におけるじん肺健康診断の時期と結果からみて、充足しないし、充足するとしても、何時の時点か不明である。

(二)乙事項

前記事実から見て肯定できない。

(三)  従つて、じん肺については、その余を考えるまでもなく、被告国の責任を認めることはできない。

五前記認定の事実によると

1原告らの主張の6(四)(2)(エ)A(a1)(a2)(a3)(a4)、B(b1)(b2)(b3)(b4)、C(c1)(c2)(c3)(c4)の主張について

(一) 同(四)(2)(エ)A(a1)(a2)(a3)(a4)の被告植田の違反の主張については、

(1) 機械設備の粉じん防止措置は不十分で局所における吸引排出、機械若しくは装置の密閉がないということができ旧法四二条、四五条、旧労安則一七二条、一七三条違反とすることができる。

(2) 検定品の防じんマスクの不備ということができ、旧法四二条、四五条、旧労安則一八一条、一八三条の二違反とすることができる。

(3) 食堂、更衣室の清潔保持不十分の点については認めるに足りない。

(4) 特殊健康診断が行われていないとの点については、原告ら主張のとおり特殊項目による検査又は検診は行われていないし、昭和三九年二月の粉じん(マンガン粉じんは鉱物性である)測定結果は前記のとおりであるから使用者は旧法五二条一項、五項、旧労安則四八条二号(二)、四九条三項、五〇条、昭和二三年基発一一七八号(二)(土石等のじんあい又は粉末を著しく飛散する場所とは鉱物性(土石、金属等)の粉じんを作業する場所の空気一m3一五mg以上を含む場所である)により年二回の健康診断を、一、感覚器、循環器、呼吸器、消化器、神経系その他の臨床医学的検査、二、(その他省略)の項目について検査又は検診を行わなければならないところ右一について行つた証拠はないのであるから右法条に違反している。

(二) 原告らの同(四)(2)エB(b1)(b2)(b3)(b4)、C(c1)(c2)(c3)(c4)の主張については、

(1) 右のB(b1)C(c1)の主張については、前記の特殊な場合においても監督機関がどのような権限を行使するかは裁量に委せられているところ、大阪局長は被告植田に対し、大基発第一九四号昭和三九年二月一七日付で労働衛生特別実態調査結果についてと題し、調査結果の通知と留意事項を留意し、衛生管理を実施しマンガン中毒予防に努められたいとする書面と健康調査結果外を送付して広範囲の指導したものであるからこれをもつて裁量の範囲逸脱ということはできない。

(2) 右のB(b2)、C(c2)の主張については、右の行政指導がなされたから直ちに再監督して履行確認というわけには行かず相当期間の経過後に問題となる。

(3) 右のB(b3)、C(c3)の主張についても右と同じである。

(4) 右のB(b4)、C(c4)の主張については、本件事業所に対し、右診断結果が報告されたことは右に認定したところであるが、被告植田が右診断の程度の精密極まる健康診断(昭和三九年二月の分)を実施する法的義務の存在は認め難く、監督機関が被告植田に対して報告したのは当然、被告植田から原告堀内、原告宮路らに知らせることを予想しているのであるが、監督機関から別に右原告らに通知する義務はないし、監督機関自から精密健康診断をする義務はなく、監督機関が右原告らが自ら行う精密検査の機会を奪つたものではない。

(三) 以上のうち保健施設の清潔保持の点は仮に指導され履行されたとしても因果関係の点からみて指導に意味はない。

(四) 従つて右に指導された事項のうち、

粉じん防止方法につき局所における吸引排出装置取付、機械もしくは装置の密閉関係、検定品の一級防じんマスクの使用、特殊健康診断関係の各再監督による履行確認の問題が残つてくる。

(五) 監督機関の昭和三九年の調査とこれに基づく同年二月の指導は広範囲にわたり要点を平易な文章で指摘しており、被告植田において指導の本旨に従つて履行をしたならば、問題は当時において解決を見たものであつた。ところが被告植田は何ら履行をしなかつたし、被告国の監督機関も後記のようにある時期まで何もしなかつた。

然しながら監督機関が行政指導をした場合、その後、同じ事項の権限不行使を問責するには、各場合に応じそれぞれ相当の経過を要するものと解せられ、本件においては相当期間は年内頃までで、昭和四〇年一月頃以降の権限不行使が問題とされうる。

2原告ら主張の(四)(2)(オ)A(a1)(a2)(a3)Cの主張について

(一) 同A(a1)の被告植田の違反の主張については前記五1(一)のとおりである。

(二) 同A(a2)の被告植田の違反の主張については説示の要はない。じん肺につき甲乙事項を充足しないからである。

(三) 同A(a3)の被告植田の違反の主張については前記のとおりであり騒音の程度も不明で違反か否か判らない。

(四) 同Cの主張については、被告植田の前記五1(一)(1)(2)(4)の違反は継続する。

昭和三九年末頃までは右に説示したから昭和四〇年一月以降について考えるに、被告国の監督機関は、右各違反について旧法、旧労安則上の権限又はこれを背景として原告らが主張する義務であるところの、具体的な改善指導、再監督による履行の確認、是正勧告を行なうことができ、通常、この種の事業主に対し、右の具体的改善等を行つたときは、特段の事情のない限り、右の事業主らはこれらの指導等の内容に従つて改善等に応ずるものと考えられ、容易に結果の発生を防止することができたと予測され、他方、監督機関が右の権限を行使しなければ結果の発生を防止できなかつたと認められるのであるから丙事項は充足される。

更に、被害者として監督機関に対し右のような監督権限の行使を要請し期待することが、昭和四〇年頃当時において社会的に容認せられるものと判断せられるので丁事項もまた充足される。健康診断(特殊健康診断を含む)関係の指導等を期待することは、仮に、これを義務として肯定すると膨大な数と内容になりかねないことその他からみてそこまでの権限の行使を要請し、期待することは、社会的に容認されないものと思われる。

そうすると、被告国の監督機関は昭和四〇年頃から以降右の程度の権限を行使する義務を負う。もつとも被告国の監督機関が、右のどの権限を何時行使するかは未だ自由裁量に属し、裁量の範囲は狭められて行くとしても、守口署の監督官一人当りの事業場数やマンガン中毒の発現と進行の緩慢性その他からみて相当の期間内に行使すれば足りるものと解せられる。

以上のように、被告国の監督機関は右の程度の監督権限を行使しなければならないわけであるかが、仮にこれを行使したとしても、被告植田は前記認定のような状態であつて、これに応じていたであろうと認めるに足る確証がない。そうすると、被告国は未だこの段階においては損害賠償責任を負うものではない。

3原告ら主張の(四)(2)(カ)A(a1)(a2)(a3)(a4)B(b1)C(c1)(c2)の主張について

(一) 同A(a1)(a2)(a3)(a4)の被告植田の違反の主張については、昭和四二年当時、前同様の違反が継続していた。

(二) 同B(b1)C(c1)の主張については、

大阪労働基準局が守口署に対して、昭和四二年衛特として指示した事項は前記認定のとおりであつて守口署は指示事項について行政上の義務を負うが、指示事項につき原告らとの関係において考えると、守口署等は指示事項につき昭和四二年五月から七月の間、昭和四二年一〇月から一一月の間、昭和四三年二月から三月の間に指導、是正勧告、司法処理、使用停止等処理を行なう権限を有し、通常、前記の監督指導にも従わないことが明らかとなつたこの種の事業主に対しても右の司法処理や使用停止等の処理権限を行使したときはこれに応ずるものと考えられ、従つて容易に結果の発生を防止でき、他方、監督機関が右の権限を行使しなければ結果の発生を防止できなかつたと認められるのであるから丙事項は充足される。

更に、被害者として監督機関に対し右のような監督権限の行使を要請し期待することは昭和四二、三年頃において社会的に容認せられるものと判断されるので丁事項も充足される。なお、健康診断(特殊健康診断を含む)の司法処理関係については前同様である。

よつて被告国の監督機関は衛特の完結した昭和四三年三月末日までに右の権限(司法処理と使用停止処分等)を行使する義務を負う。右権限の行使により被告植田は昭和四三年三月をすぎてほどない頃にこれに従つたものと認められる。

(三) 然しながら、監督機関(守口署)の指導は二回のみであつて、改善指導した事項は概ね左のとおりであつた。

(1) ボールミル、フレットミルの製品(粉末)取出口から粉じんが漏洩している。フレットミルに防じんの囲いが設けられているが、接ぎ目、合わせ目に間隙が生じそこから粉じんが漏洩している。小型ボールミル、小型クラッシャーのベルトはむき出しである。

(2) 年二回の健康診断のうち一回をマンガン特殊健康診断に切り替えること。

(四) そして被告植田は右の指導によりおくれながらも改善計画を提出した。然し指導の本旨にそうようには防じん方法をとらず、違反事項は継続する。被告国の監督機関の右の司法処理と使用停止処理等をする義務も継続する。

(五) 原告ら主張の(カ)C(c2)のじん肺関係については前に説示した。

4原告ら主張の(四)(2)(キ)ABCの主張について

右に認定した監督機関の義務がその後履行されたことを認めうる証拠はないところ、原告らは、被告植田は粉じん防止策をとらなかつたと主張するが、住民や大阪府が昭和四四、五年頃から動きはじめ守口署の昭和四二年の指導(衛特)、昭和四五年九月の指導により被告植田は昭和四四、五年頃からある程度粉じん防止に努め、(このころ旧労安則一七二条違反は消滅した)昭和四五年末頃にはロータリーキルンに湿式集じん装置を取り付けた。このようなことと、次の昭和四六年九月一〇日の総粉じん気中濃度とマンガン粉じん気中濃度測定値が極めて低いことからみて、本件事業所においては、昭和四五年頃から総粉じん、マンガン粉じん気中濃度が徐々に低下してきた。

5原告ら主張の(四)(2)(ク)の主張について

昭和四六年九月一〇日の本件事業所の工場内の総粉じん気中濃度等の測定値は極めて低くなつている。原告らは右測定値を信用できないと主張するがこれを認めうる証拠はない。このような測定値では危険の切迫とは言い難く、甲事項を充足しないので監督機関の右の義務は昭和四六年夏頃消滅した。

6原告らのその後の主張について

被告国の監督機関がその後、被告植田の違反事項につき是正勧告等をした事実はあるが、すでに、甲事項は消滅しており、再び充足したものとは言い難いので監督機関の義務が生ずる余地はない。

7以上のとおりであつて

(一)  被告国の監督機関の不作為が違法となる期間は昭和四〇年頃から昭和四六年夏頃までである。

(二)  監督機関が前記に認定した義務を履行した場合、被告植田がこれに従つたものと認定する時期は昭和四三年三月をすぎてほどない頃である。

(三)  被告植田が現実に従つた時期は昭和四六年夏頃である。

(四)  被告国が責任を負うべき損害の発生した始期、終期、期間は

(1)  原告堀内、原告宮路につき昭和四三年三月をすぎてほどない頃から昭和四六年夏頃までの約三年余である。

(2)  原告森川松太郎は被告国の不作為の違法以前の事故であるから責任はない。

(3)  原告森川ヤスエにつき昭和四三年三月をすぎてほどない頃から昭和四四年一〇月頃までの約一年半である。

8被告国は労働衛生に関する監督機関の監督権行使義務を認めると行政の肥大化等不当な結果を招来すると主張する。然し、前記甲乙丙丁事項が認められる特殊な場合に右に認定した程度の義務を認めるにすぎないから被告国の主張のようにはならないものと考える。

第六  損害

一  包括一律請求について

原告らは本訴において包括一律請求を行つている。その要旨は「本件原告らの場合、マンガン中毒じん肺に罹患した年月日は必ずしも明確ではなく、それぞれの作業歴の中で徐々に罹患したと思われるから、個別的損害を全てにわたつて主張立証することは訴訟上困難を極める。また発病後長期間を経ているため逸失利益積算の基礎となるべき基準賃金は現在からすれば著しく低額で基準たる合理性に欠け、しかも低賃金で原告ら労働者を長期間使用してきたから、本件の如き損害賠償請求訴訟では逸失利益が低額となつて被告らが負担を免れるとすれば、背理を招き到底許されない。原告らはいずれも高令であるから平均稼働期間を従前の方法で計算する場合にはその金額は不当に低額となる。のみならず、原告らの受けた総体としての被害は、被告らの加害行為、侵害態様をも合わせ考えると、個々の原告らに特段の差を認めることはできない。」というにある。

しかし、金銭賠償である以上損害は何らかの基準をもうけて算定せざるを得ず、結局逸失利益、慰藉料の項目により算定することになる。ただ、逸失利益等を含めた意味での慰藉料請求はそれが客観性をもつかぎり許されると解する。

又、一律請求については、人の健康、幸福な生活に軽重をつけることは相当でないとの考え方もありうるが、被害の程度が異なる以上、これによる被害者の今後の生活の不便、苦しみは異なつてくるものであり、原告ら一律に同額の損害金を認めるということはできない。

従つて、本件においては、逸失利益を含めた慰藉料について判断する。

二1前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば、原告らの生年月日、本件事業所における稼働期間、危険時期マンガン中毒症等発症時及び現在の症状は前記認定のとおりであり、前記認定の事実と、証人松浦良和の証言によれば、現在マンガン中毒とじん肺の有効な治療法は確立していないことが認められる。

氏名

療養補償給付

休業補償給付(含傷病補償年金)

合計

原告堀内

二六七万九、一七八円

八〇一万一、一〇六円

一、〇六九万〇、二八四円

同宮路

四五五万二、一三〇円

九五二万二、〇六二円

一、四〇七万四、一九二円

同松太郎

二六九万四、〇〇〇円

八八二万九、三七四円

一、一五二万三、三七四円

同ヤスエ

一九九万三、八四六円

四〇三万六、六九一円

六〇三万〇、五三七円

2〈証拠〉によれば、原告らは昭和五六年四月三〇日までに次のとおり労災保険金給付を受けていることが認められ、右認定に反する証拠はない。

但し、原告松太郎の昭和四一年二月一日以前の給付額については記録消滅につき不明である。

3被告ら抗弁3項について

粉じん発生事業場における作業においてマスクの装着は労働衛生の基本の一つであると解せられるが、前記認定のマスクに関する事実によると、原告ら(原告松太郎を除く)は、監督機関の調査時はともかくとして、本件事業所側にも従業員側にもマンガンに対する危険思想が少いため、殆ど着用しない者(原告堀内、同森川ヤスエ)もあり、着用する者でも着用したりしなかつたりであつた。監督機関として日常のそこまでの監督はできない。検定合格品でないマスクでもそれなりの効果はあるもので全く無効ではない。

従つて、原告ら(原告松太郎を除く)には過失がある。

三被告植田につき、以上の事実を総合すれば、原告らの蒙つた逸失利益等をも含めた意味での肉体的、精神的苦痛に対する慰藉料、原告国につき、以上の事実のほか、監督責任の性質、(第五の二の事実)、責任を負うべき期間が短かい等により寄与度が小さいこと、じん肺についての無責任、過失相殺の割合は被告植田より大であること、その他諸般の事情を考慮すれば同慰藉料は、原告らにつき別紙認容額表の慰藉料額欄記載のとおりの金員(被告国に対する認容額の限度で不真正連帯)が相当であると認める。(原告松太郎は被告国に対しては零)

四  弁護士費用

原告らが、本訴の提起遂行につき弁護士に依頼したことは必要やむをえない措置であると考えられ、本件事案の内容、認容額その他諸般の事情を考慮すると、本訴請求額と相当因果関係に立つ弁護士費用は右認容額の一割が相当であると認める。

第七  結論

以上のように、原告松太郎の被告国に対する本訴請求は認容できないが、その余の、原告らの被告らに対する各請求は、被告植田に対し債務不履行による損害賠償金として、被告国に対し不法行為による損害賠償金として、別紙認容額表合計額欄記載の金員及び同表記載の慰藉料額欄記載の金員に対する被告植田につき訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五一年九月三日から被告国につき不法行為の日以後である同年同月四日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払を求める限度において相当として認容し、その余(予備的請求を含む)及び原告松太郎の被告国に対する請求は失当として棄却し、民訴法八九条、九二条、九三条を適用し、仮執行の宣言については被告国につき相当でないから付さないこととし被告植田につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(林繁 笠井達也 渡邉了造)

原告らの症状等一覧表

一 原告堀内達三(以下「原告堀内」という。)

1 大正四年三月一七日生

2 昭和二一年九月二〇日本件事業所に雇用され、昭和四六年七月まで従事

3 発病時の症状 昭和三七年歩行時のふらつき

4 現在の症状 強度の難聴、軽度の声嗄、前かがみ姿勢、歩行困難(小幅緩慢歩行、方向転換困難)、突進現象、握力低下、筋強剛、筋肉痛、じん肺、

5 昭和四六年じん肺認定、昭和五〇年一月一七日マンガン中毒症として労災認定

二 原告宮路忠(以下「原告宮路」という。)

1 昭和五年六月一三日生

2 昭和三五年一一月二〇日同雇用され、昭和四九年一〇月まで従事

3 発症時の症状 昭和三八年ころ手足のふるえ、足の痛み

4 現在の症状 強度の筋肉痛、腰痛、強度の手足のふるえ(緊張時書字困難)、脱力感、不眠、いらいら、四肢末端の触痛覚、性的能力の減退、多汗、歩行障害、じん肺

5 昭和五〇年九月マンガン中毒症として労災認定

三 原告森川松太郎(以下「原告松太郎」という。)

1 明治四五年三月四日生

2 昭和二〇年一〇月二八日同雇用され昭和三三年まで従事

3 発病時の症状 昭和三〇年ころから手足のだるさ、痛み

4 現在の症状 筋力低下、関節の痛み、うつ症状、強度の歩行困難、強度の言語障害、手指振せん、書字障害、下肢冷感、じん肺、

5 昭和三四年ころマンガン中毒性パーキンソニズムとして労災認定

四 原告森川ヤスエ(以下「原告ヤスエ」という。)

1 大正元年五月三〇日生

2 昭和二〇年ころから本件事業所の社宅内に居住、昭和三七年四月二八日から同雇用され昭和四五年まで従事

3 発病時の症状 昭和四三年ころ手足のしびれ、痛み、脱力感、下肢のむくみ、回転性めまい

4 現在の症状 手足の痛み、しびれ、脱力感、手指振せん、軽度の歩行及び書字障害等、筋強剛、四肢の知覚異常、筋力低下、じん肺

5 昭和五〇年九月一八日パーキンソン症状として労災認定

表5 特殊健康診断判定基準

項目    区分

A

B

血液比重

1.053以上1.055未満

1.053未満

血色素量

一二mg/dℓ以上一三mg/dℓ未満

一二mg/dℓ未満

赤血球数

四〇〇万以上四五〇万未満

四〇〇万未満

白血球数

四、〇〇〇以上五、〇〇〇未満

四、〇〇〇未満

S―GOT

四〇U以上

S―GPT

三五U以上

ウロビリノーゲン

0.1~0.25  正常

0.4mg/dℓ 確定異常

コプロポルフィリン

五〇γ/ℓ以下   -

五〇~七五

七五~一〇〇   +

一〇〇~二五〇

二五〇~五〇〇

五〇〇以上

健康診断表第一

番号

実施年月日

昭和年月日

受診者原告名

診断種別

結果等の概略その他

(参考)書証

(四)

31

不明

マンガン中毒

じん肺

(九)

36.1.18

宮路

じん肺

エックス線直接撮影正常、じん肺法による管理区分

(以下管理区分という)   -

丙5

(九)

36.1.18

堀内

受診せず

丙5

36.6.29

宮路

結核

間接撮影

乙1―10

36.9.11

D2 直接撮影

乙1―10

37.4.6

異常なし、直接撮影

乙1―10

37.10.5

異常なし、間接撮影

乙1―10

38.4.8

異常なし、直接撮影

乙1―10

(二)

38.12~39.2

宮路

堀内

マンガン中毒

39.6.10

宮路

結核

異常なし、直接撮影

乙1―10

39.11.26

異常なし、直接撮影

乙1―9

40.6.9

異常なし、間接撮影

乙1―9

42.4.17

D3 直接撮影

乙1―9

43.5.13

D2 直接撮影

乙1―9

43.11.19

D2 直接撮影

乙1―9

45.9.26

じん肺

管理区分一、PR―0、K―0、tb―0、粒状影正常

乙1―8

46.5.20(46.6.16)

管理区分一、PR―Ⅰ、F―0、K―0、tb―0

基礎となるエックス線写真の像と型、粉状影1型、

分布と密度粗、粒状影の大きさP

乙1―7

46.5.6

マンガン中毒

判定は正常

(作業の種類、マンガン鉱粉砕、作業年数10年6月)

検査成績、手指振せん、小字症、突進症何れもなし

握力左42、右55、背筋力165kg

乙1―3

46.11.12

マンガン中毒

判定は正常、検査成績手指振せん有のほか同上

握力左51、右59

乙1―2

46.11.26(46.12.18)

じん肺

管理区分一、PR1の疑、F―0、K―0、tb―0

基礎となるエックス線写真の像と型、

粒状影1型、分布と密度粗、粒状影の大きさm

乙1―6

48.7.23(48.7.30)

じん肺

管理区分一、PR―Ⅰ、F―0、K―0、tb―0

基礎となるエックス線写真の像と型、

粒状影、異常線状影とも各Ⅰ型、

分布と密度は粗、粒状影の大きさP

乙1―5

48.7.28

宮路

マンガン中毒

判定は異常なし

(作業の種類、マンガン製諫所のフォークリフト運転手)

検査成績、手指振せん、仮面様顔貌、流涎、書字拙劣、

歩行障害、ロンベルグ、FN、EFOテスト、発語障害、

発汗異常は何れも-

乙1―1

(一六)

49.2.23

宮路外13名

マンガン中毒

宮路は手指振せん、発汗異常+、ロンベルグ+、のほか

同上(判定の記載なし)他の13名は異常なし

乙1―1

49.2.12

宮路

じん肺

管理区分一、PR―0、K―0、tb―0

基礎となるエックス線の像と型、粉状影正常

乙1―4

(一七)

49.8.31

12名

マンガン中毒

全員異常なし

45.9.26

堀内

じん肺

管理区分一、PR―0、K―0、tb―0

基礎となるエックス線写真の像と型、粒状影正常

乙3―3

46.5.6

堀内

マンガン中毒

判定は正常

(作業の種類はマンガン鉱粉砕、作業年数25年9月外)

検査成績、手指振せん、小字症、突進症何れもなし

握力、左29、右35、背筋力96kg

乙3―1

46.5.6(46.6.16)

堀内

じん肺

管理区分一、PR―1、F―0、K―1、tb―0

基礎となるエックス線写真の像と型、粒状影1型、

分布と密度は密、粉状影の大きさP、

呼吸器系所見は右肺呼吸音減弱

乙2―2

37.10.5

森川ヤスエ

結核

異常なし、間接撮影

乙2―1

39.6.10

異常なし、間接撮影

乙2―1

39.11.23

異常なし、直接撮影

乙2―1

40.6.9

異常なし、間接撮影

乙2―1

42.4.17

D3   直接撮影

乙2―1

42.11.15

D3   直接撮影

乙2―2

(注) PR  エックス線写真の像と型

F   肺機能検査

K   胸部に関する臨床検査

tb  結核検査

P   粒状影のタイプは主要陰影の径によって分類し、Pは直径1.5mmまでのもの

m   同右1.5mmを越えて3mmまでのもの

n   同右3mmを越えて10mmまでのもの

右につく小さい字の0は障害なし、1は軽度の障害あり、2は中度の障害あり

検査結果

No.

72

ウシ

トラ

76

タツ

ウマ

ヒツジ

サル

トリ

氏名

宮路忠

堀内

達三

年齢

33

48

性別

職種

粉砕

粉砕

粉砕

粉砕

乾燥

運搬

粉砕

粉砕

粉砕

分析

運送

運搬

乾燥

粉砕

勤続年数

3年

3年

3ヶ月

5年

5年

5年

5年

2年

8ヶ月

6年

7ヶ月

3年

6ヶ月

4年

3ヶ月

3年

自覚

症状

頭痛

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

不眠

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

筋痛

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

関節痛

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

全身倦怠感・脱力感

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

嗜眠傾向

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

発汗過多

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

流涎

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

神経痛

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

歩行障害

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

性欲減退

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

他覚

症状

仮面様顔貌

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

眼球運動

不円滑

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

吃音

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

嗄声

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

筋強剛

±

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

腱反射冗進

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

手指振顫

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

アヂアドコキネーゼ

±

-

-

±

-

-

-

-

-

-

-

-

頭落下試験

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

腕落下試験

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

下肢懸振性試験

±

-

-

±

±

-

±

-

-

±

-

-

前突・後突

-

-

-

-

+(後)

-

-

-

-

-

-

-

鶏状歩行

-

-

-

-

±

-

-

-

-

-

-

-

錐体路症状

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

精神障害

(抑うつ非社交性)

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

握力

(左・右,

上・下)

55

40

50

45

42

35

49

48

35

30

44

41

55

53

37

35

46

46

50

46

34

33

32

31

基礎代謝

血清蛋白分

全血比重1.00

56

59

56

57

58

55

55.5

54

58.5

55.0

52

54.5

血色素量

(mg/-)

16.0

17.4

16.0

16.3

16.0

16.0

16.0

14.7

16.7

15.9

14.0

14.3

赤血球数

(万/mm3)

520

488

525

443

498

506

482

460

490

482

427

479

白血球数

(コ/mm3)

3700

7000

4500

5600

5600

6600

6100

4700

6000

5300

5100

8900

S―GOP

22

17

16

13

21

12

10

14

S―GPT

16

7

7

9

10

5

3

7

検尿

蛋白

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

ウロビリ

ノーゲン

正常

正常

正常

正常

正常

正常

正常

正常

正常

正常

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

-

コプロポルフィリン

±

±

±

-

-

-

-

±

-

-

-

-

血圧

126

76

124

76

110

66

130

60

144

88

116

66

164

108

128

50

130

70

124

80

210

90

134

100

神経学的診断

要精診

a

異常なし

異常なし

要精診

b

要精診

a

異常なし

要精診

b

異常なし

異常なし

要精診

b

異常なし

異常なし

血液尿所見

B

O.B

A

A

O.B

A

O.B

A

A

O.B

A

A

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